写真=宮内文雄、文=麿赤兒『麿赤兒 ガドウィンの河を渡るとき』(ランダムハウス講談社、二〇〇七年)。アートディレクター=長友啓典、表紙文字=黒田征太郎、ブックデザイン=上浦智宏(K2)。
チョーカッコイイ写真集。じつはこれ、先日のテレコムスタッフのカメラマンである宮内氏の作品集である。撮影の合間の雑談で、麿赤兒氏のファンから大駱駝艦の所属カメラマンとなったということをお聞きしていた。しかも当時(七〇年代後半)、麿赤兒氏は阿佐ヶ谷の馬橋稲荷のすぐそばのアパートに住んでおり、神社の境内で稽古をしていたそうだ。宮内氏は頻繁にそこを訪ねていたという。拙著『古本屋を怒らせる方法』の「阿佐ヶ谷ビンボー物語」を読んでいただければ早いのだが、小生は七〇年代終わり頃、その馬橋稲荷の参道脇のアパートで管理人をしていたのである。同じアパートに麿氏が住んでおられたという記憶はないが、ニアミスはあったかもしれない。この神社はけっこう歴史があるようで神楽の舞台も備えられていた。
÷
百円の『ピカソ陶器・石版画展覧会』図録(毎日新聞、一九五一年)、梅田阪急百貨店で開催されたときのもの。提供が文藝春秋新社となっている。執筆は益田義信と富永惣一。フジカワ画廊、梅田画廊、土井福應堂(画材)の広告あり。ピカソが好きなわけではないが、この表紙が気に入った。