讃州堂は入ってすぐのところに古雑誌の棚がある。戦前戦後の娯楽雑誌が相当数並べられている。値段はそこそこ。高くはない。敗戦直後のペラペラの『文藝春秋』、安井曾太郎の表紙、など200円くらいなので、何冊か買ってもいいかな、と思って、雑誌の山をひっくり返していると、この『現代』昭和十一年十月号(大日本雄弁会講談社)が出てきた。中味をざっと見渡す。巽洽太「當世喫茶店打診」が目に留まった。いちおう喫茶店については手の届く範囲内で(というのもカフェー喫茶関係の資料はベラボウに高価になっているからだが)蒐集しているため、これは購入と決める。
これまで『現代』は手にしたことがなかったが、全体には綜合娯楽雑誌という感じの内容。ベルリン・オリンピックが終わった直後の号なので、ドイツに滞在していた武者小路実篤の「オリンピツク見聞記」もあり、四年後の東京オリンピック開催が決まっていたため「オリムピック商売往来」なる記事もある。
《ドイツの今度のオリンピツクのやり方は、極度の鳴りもの入りで成功した。何処までも今のドイツ式を発揮してゐる。開場式でも、ドイツの体操を見せる時でも、実に大げさで、統一がとれてゐる。金目を惜しまず、芝居と音楽がお手のものなので、それを極度に生かした。》
このように武者小路は書いている。現在に続く派手な演出はナチスドイツの創始だったのか! その経済効果については後者にこう書かれている。
《総売上金は実に七百五十万マルク(邦貨で一千七十万円)の巨額に上つた。独逸のオリムピツク組織委員会はこの大会準備のために会場設備その他に約六百五十万マルクを支出してゐるが、それらの設備は丸残りになつた上に、ほかに現金で利益が百万マルク(邦貨で約百四十万円)の勘定になるわけで、こんどのオリムピツクの儲け頭だ。ヒトラー総統を始めホクホクと御機嫌なのも無理からぬ次第である》
円を現在と比較するとすれば、五千倍から一万倍ていどだろう。モノによって差が出るが、単純に140億円の純益と考えるのがカンタンでいい。
その他、小ネタにいろいろと面白いのがある。あらためて紹介するとして、邦枝完ニの連載「お傳情史」の挿絵を掲げておこう。絵は小村雪岱、言わずと知れた「おせん」「お伝地獄」などの名コンビ。大正時代に雪岱は資生堂の意匠部にいたそうだ。なるほどとうなづける。