岡崎武志、絶好調! 最新刊の『雑談王』(晶文社、二〇〇八年、装丁=石丸澄子)はまさしくバラエティ・ブック、岡崎氏のほんとうに書きたかったことが宝石のようにちりばめられている。
かつて、国分寺のアパートを訪ねたとき、一冊の(いや数冊だったか)クリアーファイルを見せられた。『ARE』10号のインタビュー(BOOKSELF 本棚の自我 8)のときだったと思うから、一九九八年七月である。そこに最初に知り合った頃の同人雑誌『BRACKET』のあたりから、岡崎氏が執筆して活字になった記事を丁寧に切り抜いて整理してあった。それまで小生は、そうやって自分の文章を整理するなど、思いもかけなかったのでちょっと驚いた。今思えば。自分の仕事をないがしろにしない、そういうプロ意識の現れだったのだろう。その成果がこの『雑談王』に結実した。岡崎武志のエッセンスだ。
これは一九九二年に岡崎氏よりもらった丁寧なイラスト入り年賀状。小津安二郎に惚れ込んでいるようすがひしひしと伝わってくる。本書にも炯眼の小津映画評論が収録されているので、なつかしく取り出してみた。こんな小津年賀状を何人に出していたのか分からないが、凄い情熱だとおそれ入る。
誤植というか、これは校正ミスと言っていいのか、立川談志楼との対談で立川氏が《明治になって医学用語で初めて「神経」という言葉が出てきた》と発言しているが、むろん広辞苑を引くまでもなく「神経」は杉田玄白がひねり出した訳語である。『解体新書』は安永三年(一七七四)刊。
「かなり気張ったあとがき」に個人雑誌『海浪』を出していた花田知三冬さんが、岡崎氏に《まだ原稿を見ないうちに「岡崎くん、今度うちの雑誌に、原稿を書いてください」》と依頼する話が出ている。また、「高円寺日記」に檸檬屋で開かれた荒川洋治さんを囲む会でサンデー毎日の吉田俊平氏から《「いっぱつ、書評を書いてください」と依頼される。ぼくの書いた原稿も読んでいないのに、と驚くとともに感激する》ともある。いい編集者は鼻が利くということだろうが、こういうところが岡崎氏の人徳でもあろう。