いのは画廊のカタログ『刻』37号。いつも渋い無名画家を中心に紹介している販売図録(ネット上でも見られる)。内田巌「子供の群」(1939)など、ちょっといいなと思う。だが今回の目玉は谷崎潤一郎の「乱菊物語」挿絵のうち32点。作者は北野恒富。新聞連載(朝日新聞、一九三〇年)にあたって制作されたものの単行本には収録されず、所在が長らく分からなかったそうだ。一点二万の計算になるが、これは買いでしょう。岩田専太郎、木村荘八の挿絵(「唐人お吉」)も出ている。
目録と言えば中野書店『古本倶楽部別冊・お喋りカタログII』(二〇〇八)もかなり面白い。なかでは13番「フランス料理鴻乃巣」改築落成ポスター及び奥田駒蔵(メイゾン鴻ノ巣主人)の書簡二通には目をみはった。ポスターにはフルカラーで漫画のような絵が描かれているが、おそらく作者は鴻ノ巣主人であろう。彼は日本画に凝って個展を開いたりもしている。初めは小網町でささやかにスタートした洋食店だったが、「パンの会」連中などにひいきにされ、大正初年頃に日本橋通に面した京橋南伝馬町二丁目にビルを建てたのだ。大正六年、メイゾン鴻ノ巣では芥川龍之介の『羅生門』の出版記念会が開かれたことも文学史に残る出来事。主人は大正十四年に病死。五十前だった。その報を受けた荷風は日記に奥田氏のことをかなり詳しく記録している(拙著『喫茶店の時代』参照)。歿後間もなく閉店。