
昭和二年九月二日消印(文面末尾の日付も同日)淀野繁宛淀野隆三書簡。便箋七枚。繁は母(志げ)である。裏面の差し出し住所は伊豆国湯ヶ島。
手紙は初めに眼と咽との調子が悪いことを述べて、
《余り、八月にはいつて根をつめて、小さい西洋本をきばつて読んだために其の疲労が出たものなのです。論文も進みました。漠然とではあるが、何を書くべきか、またフロオベエルといふ作家は如何なる人であるかといふことをつかむことが出来ます。》
《東京に出たくなりました。二ヶ月の山中生活は私から、生活する力をうばつたやうに思はれるのです。私は東京に出て、ハンザツな賑かな都会の生活のなかに這入りたくなつてきました》
《丸山薫といふ友人が東京からやつてきましたので、この友人と二人で、東京にかへる約束をいたしました。その日は九月の五日です。が、まつ直ぐ東京にかへらずに、伊豆の半島を南の端まで行つて、そこから舟で東京にかへることにしたのです。伊豆の南端には有名なる下田(シモダ)といふ港があります。》
と続き、だから京都へは帰らないかもしれないという報告になっている。論文というのは東大仏文科の卒業論文であろう。昭和二年の湯ヶ島については梶井基次郎の「湯島日記」に詳しいかと思ったら、参照してみると、ほとんどが創作ノートだった(別項に改めて記す)。翻刻中の淀野隆三日記ではまだそこまでたどりついていないが、最近読んだ大正十三年十二月のノートに、初めて梶井基次郎の名前が出てきた。二十四日、梶井、外村茂、中谷孝雄らが淀野の家で議論したという内容。ちょうど『青空』創刊頃である。
この手紙は某古書店より入手したもの。百円、二百円じゃないです。
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中尾務氏より『VIKING』690号。氏の連載「VIKING(三)」に明窗書房の谷口武彦のことが出ていた。明窗書房は一九四七年前半に京都市左京区岡崎北御所町に設立された。谷口は勤めていた安田銀行を辞めて出版を始めたそうで、富士正晴のやっていた同人雑誌『三人』の同人井口浩の姉の夫にあたるとか。富士としては明窗書房から『VIKING』を活版刷りで出したかったようだが、実際はそうならず、ガリ版での出帆となった。
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旧知の和田依子さんより次のようなお知らせを頂戴したので引き写しておく。かなり前からミツバチのことを調べておられた。『ARE』の前の『BRACKET』という同人雑誌のときに出会ったのかと思う。かれこれ二十年になる。
《さて、突然ですが、このたび、山と溪谷社からみつばちの本を出版
しましたので、お知らせします。
また、8月3日(みつばちの日)に京都で出版記念イベントをします。
もしお時間がございましたら、ご参加くださいませ。
日本ではまだ珍しいミード(はちみつ酒)もたっぷり試飲できます!》
『庭で飼うはじめてのみつばち』
★イベントのご案内
「はじめてのみつばち飼育と蜂蜜酒(ミード)の魅力」
日時:8月3日(日) 午後2:00〜
場所:京都万華鏡ミュージアムアートギャラリー
(地下鉄烏丸御池下車徒歩3分)
参加費:3000円
*『庭で飼うはじめてのはちみつ』(1890円)1冊
&国産はちみつのプレゼント付き!