いやあ、面白い。まあ、だいたいこのブログでは『sumus』メンバーの著作はベタボメすることになっている。しかし、これはまったくお世辞抜きで面白い。岡崎・山本の絶妙の掛け合いが、自然と笑いを誘うし、二人の興味・知識・持ち味の重なるところと、ズレるところとが、まさしく絶妙だ。すばらしい本になっていると、心底そう思う。
ひとつだけ、その六に「新・文學全集を立ちあげる」となっていて、「立ちあげる」はないだろうと思ったのだが、387頁を読むと、そういえば丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士『全集を立ちあげる』(文藝春秋、二〇〇六年)という本があった。あったといってももちろん小生が読むはずもないが、山本氏の発言を引用するとこうである。読む必要もないようだ。
《上林暁評価が低かったので、がっかりしてたんや。私小説をどうするかで、司会者の湯川豊が、滝井孝作、網野菊、藤枝静男、葛西善蔵、嘉村礒多、川崎長太郎の名前を挙げると、丸谷才一は、「そのへんみんなやめようよ」。そのすぐあと、鹿島茂は、「上林暁とか川崎長太郎とか、彼らはほんとに文章下手ですね」とまで発言している。これはあんまりや。》
それを受けて岡崎氏がこう続ける。
《岡崎ーーーだから、むしろはずしてもらってありがとう。それはこっちでもらいます、でええんと違うか。三人それぞれ魅力的な書き手やし、一人でもメンバーが違えば、また違ったものになったかもしれん。
山本ーーーなんや、ええかっこするやないか。おれだけ本当のこと言うて悪者みたいや。
岡崎ーーーこの世界で生きていくための処世術や。》
ネットで検索してみると、この丸谷才一らの『全集を立ちあげる』のタイトルに使われたことによって「立ち上げる」という新語が定着したと考える向きもあるようだ。それにしても岡崎・山本コンビのこのやんわりとした批難の調子が上方風というのか、「処世術や」がじつにピリリと効いている。そして二人が選んだ「気まぐれ日本文學全集」全六〇卷がさすがのラインナップ。小生も洲之内徹集を任されている。ダミーまでできていて今直ぐ本屋に並びそうだ。文学遊びの究極とでもいうのか、瓢簞から駒が出るかも知れない。工作舎は即座に断ったそうだけど(笑)。
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全六〇卷はいろいろ突っ込みを入れられそうで、それもまた読者の楽しみとなっている。「田中小実昌が入ってないのに景山民夫はいらないでしょう」などと。田中小実昌と言えば、娘さんの田中りえさんのHPというのを知人から教えてもらった。スゴイです。
「ガストハウス タナカ 田中屋」
http://www1.ocn.ne.jp/~riedesu/
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扉野良人『ボマルツォのどんぐり』の書評が朝日新聞読書欄に出ていた。うまく紹介してくれていた。
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内堀弘さんが『図書新聞』(2008年06月28日)に東京古書会館での佐野繁次郎装幀展について感想を書いてくださった。こういう言葉がいちばん嬉しいもの。
ひたむきなコレクション──『佐野繁次郎装幀図録』に西村義孝さんが蒐集の苦労話