
大岡龍男『なつかしき日々』(三杏書院、一九四三年、装幀=山田伸吉)。これもブッダハンドのご利益。200円。大岡龍男(1892〜1972)には『不孝者』(天青堂、一九二七年)、『妻を描く』(春陽堂、一九三九年)、『なつかしき日々』、『嫁』(東和社、一九五〇年)の著者があり、歿後『龍男拾遺』(大岡護一、一九七三年)が出ているようだ。ホトトギス同人だそうだが、俳句はどうなのか、検索してもあまり見つからなかった。
夏衣田中絹代は衰へず 龍男
しかし小説はなかなかいい。巻頭が「ユウタナジイ」。病院でひどく苦しむ妻を注射で安楽死させるまでが描かれている。淡々というのでもないが、大げさでなく自然に物事が進行していく。それがけっこう感動的。
大岡龍男については
日用帳さんが熱心なファンのようだが、再評価すべき作家の一人と思う。
装幀の山田伸吉については『sumus』にも書いたが、たまたまカロさんで買った『大阪人』二〇〇四年十月号に松本茂章「モダンボーイ山田伸吉」という記事が出ていた。出ているのは知っていたのだが、買いそびれていた。それを買った翌々日に大岡龍男を買うというのが、古本的コインシデンス(符合)である。松本氏の記事から年譜的記述を箇条抜き書きしてみる。
・一九〇三年六月十三日、西成郡稗島に、機械業だった敏之助の二男に生まれた
・両親が早く亡くなり親戚に引き取られた
・精華小学校、八尾中学校に学ぶ
・美術は独学
・友禅の着物の柄を描いていた
・道頓堀松竹座の支配人に見出され松竹座の宣伝部へ入る
・キネマ文字と呼ばれる手書き文字によってポスターなどを多数手がけた
・キネマ文字は山田が創案したわけではない
・一九二九年に松竹楽劇部の美術部に移籍、舞台装置、衣裳デザインを担当した
・妻は昭和初期の松竹楽劇部で日舞の名手だった東條薫
・今東光が山田と東條の新居に居候していた
・おしゃれで、苦労時代も洋服はオーダーメイド、靴はイタリア製だった
・昭和十年代に上京、英太郎(はなぶさ・たろう)、喜多村緑郎、柳永二郎、古川緑波、長谷川幸延らと仲が良かった
・戦後、日劇の舞台美術、大阪松竹座の仕事をした
・衣笠貞之助の映画「浮舟」(大映)の美術担当
・晩年は歌舞伎の名場面を描く画業に専念
・一九八一年三月一九日歿