
サヂ『薔薇の園』(高瀬毅訳、西村書店、一九四八年)。西村書店も京都の版元である。中京区衣棚通三条上。発行人は西村大治郎。サヂ(1184〜1291、本名ムシャリフ・ウディン・イブン・ムスリイ・ウディン・アブデュラー)はペルシャの詩人。中央アジア、北アフリカを放浪し波乱の生涯を送った。『果樹の園』(ブースタン)と『薔薇の園』(グーリスタン)という二つの寓意短詩集によって知られている。これが後者で仏訳からの重訳。ちょっと色っぽいオチのある小話がふんだんに集められているから、大衆受けしたに違いない。
ざっと読んでいて第三十四話「糸杉」に興味を引かれた。
《樹木はすべて、糸杉を除いて、果実を生ずる。それらの果実のおかげでもつて、或ひは輝き、或ひは葉を落して淋しい姿となる。唯ひとり、糸杉のみは、実を付けない。しかし、この木は永遠に緑である。そこに自由人の象徴が見られる》
実を付けないというのは誤りだろう。糸杉というと、欧米では、花言葉が死・哀悼・絶望で、死や喪の象徴とされるのだが、すくなくともサヂはそう考えていなかったようだ。以前も書いたが、トルコでは墓地の周辺に糸杉が必ず植えられていた。おそらくそのために不吉な植物と考えられたのかもしれない。
ただし、庭園を重要なものとしてたいへんに凝った造作をしたペルシャにおいて、糸杉は庭園に必ず植えられる樹木だったようだ。例えば、サヂの序文にもこういうくだりがある。
《ちやうど春の頃であつた。ほのぼのとした温みが大気のなかにひろがつてゐた。薔薇の御代が始まつてゐた。樹木は葉の衣をつけてゐた。いかにも幸福な人達の晴着みたやうであつた。薔薇の月の最初の晩であつた。夜鶯が糸杉のなかで啼いてゐた。》
庭園ということで言えば、イランの古語「pairidaêza-」「 paridaida-」「 paridaiza-」(壁に囲まれた[庭園])などがギリシャ語「 paradeisoi」へ入り、ラテン語「paradisus」になって「パラダイス」につながっているということからすれば、そこに必ずある樹木、細く、高く、濃い緑の枯れない糸杉は「死」の象徴というよりも死後の「楽園」を象徴しているにちがいない。
《その夜、わたしは友をわが家の庭へ導いた。ほんたうに、そなたはこのやうに美しい庭は見られたことがあるまい。人々の噂するところによれば、ダイヤモンドの粉が地面にまかれて、七姉妹星(プレイアード)の頸飾りが葡萄の樹の枝からそれぞれ垂れ下つてゐるのだつた。小川には澄みきつた水が流れてゐた。小鳥が朗らかに囀つてゐた。巨なる静寂がわたしの心の中で唸つてゐた。》
このくだりからファン・ゴッホ(1853〜1890)の糸杉と星月夜の絵を連想してしまう……《静寂がわたしの心の中で唸つてゐた》。ちなみにサヂの最初のフランス語訳は一八五八年に刊行されたそうだ。
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アンダーグラウンド・ブック・カフェ FINALでは佐野繁次郎の展示とトークの他に、地下会場入口の壁面を使って「読む人」展も行う予定。今回は色のある読む人。展示即売予定のスケッチからいくつか紹介してゆく。