勧業館で迷った一冊。ボードレール『巴里の憂鬱』(高橋広江訳、外語学院出版部、一九三三年)300円。裸本。線引きあり。ほんとうは函があるようだ。内容はどうでもよかったが、このレッテルが欲しかった。レッテルだけに300円か……とかなり悩んだわけである。
この外語学院出版部版に先駆けて、同じ訳者で青郊社版(一九二八年)が出ている。『巴里の憂鬱』と言えば、岩波文庫をはじめ三好達治訳があまりにも普及しているが、三好の厚生閣書店版『巴里の憂鬱』は一九二九年一二月一五日発行。高橋訳青郊社版(一九二八年一一月一五日)の十三ヶ月後だ。三好訳の初出は『詩と詩論』だそうだが(石原八束による)、一九二八年九月の創刊号と十二月の第二冊までは卒論のヴェルレーヌなどを載せているようなので、おそらく高橋訳が公刊されてから「巴里の憂鬱」に手をつけたと見てもいいのかもしれない(?)。好意的に解釈すれば、高橋訳が不充分だと思ったのだろう。悪意で解釈すれば……[略]。
「巴里の憂鬱」は「Le Spleen de Paris」を日本語に移しているのだが、もともとボードレールが付けたタイトルではない。むろん今ではそれで通っているけれど、「
Le Spleen de Paris ou Ptites poèmes en prose」(パリのスプリーンあるいは短い散文詩集)としているものもある。Spleen は英語だ。「憂鬱」と訳していいのかどうかも微妙なところ(メランコリとの違いをはっきりさせないと)。
フランスには何でもフランス語で表しましょうという法律がある(ボードレールのころは知りませんが)。外来語をすべてフランス語に言い換える委員会もあるそうだ。コンピュータと言わずオルディナトゥール(計算機)と言うがごとし。マウスと言わずスーリ(ねずみ)と言うがごとし。まあ、そんなお国柄で、英語をタイトルにもってくるというのが、ある意味、ショッキングな効果だったかも知れないし、エドガー・ポーを仏語に翻訳して紹介するようなスノビスムかも知れない。内容は「憂鬱」というより「うっぷんばらし」という感じか。

しかし、この本を買うことを決定させたのは、レッテルの魅力だけではなかった。奥付を見ると《印刷者 松岡虎王麿》とある! あの白山・南天堂の松岡虎王麿だ。本業は印刷会社だった。これが決め手。
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「佐野繁次郎の装幀モダニズム展」に先駆けて、
千代田区立図書館「としょかんのこしょてん」で「
佐野繁次郎の装幀本」(5月1日~6月4日)の展示が始まった。お近くの方はぜひのぞいていただきたい。
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古書往来座外市は5月3日(土)〜4日(日)、ゲストは口笛文庫(神戸)、聖智文庫(藤沢)。神戸の人気古書店、口笛文庫が東京上陸! 古本3000冊、雑貨、ガラクタ、包丁研ぎ。路上に面した敷居の低い街かどの古本縁日です。
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右文書院のサイトで濱田研吾「ほろにがの群像」の連載が始まった。第一回は、「はじめまして、ぼく、アサヒビールのほろにが君です。」第二回まで進んでいる。さすが目の付けどころが違う。