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花供曽![]() 田丸弥の「花供曽」というお菓子を頂戴した。アラレに黒砂糖をからめたもので、軽妙な味わい。ハナクソを食うとは悪洒落じゃ、と早合点するなかれ。ただのハナクソではなく釈迦のハナクソだというから畏れ多い。旧暦二月二十五日の涅槃会に真如堂などで参拝者に配られるものだとか。「花供祖」とも。仏前のお供えの「花供御」が訛ったらしい。ブッダのものなら爪の垢でもハナクソでもありがたや。 ÷ ハナクソで思い出した、わけでもないが、先日「蘊蓄斎」についてコメントいただいて、「蘊蓄」(薀蓄)という言葉を少しだけ調べてみた。まずは『広辞苑』(第四版)。 1. 物を十分にたくわえる。 2. 知識を深く積み貯えてあること。また、その知識。 次に『言海』(縮刷、明治三十七年)というのが小生の字引ルートだが、こちらは採っていない。それではと図書館まで出かけて『日本国語大辞典』第二版(小学館、二〇〇一年)に当る。これは用例が詳しい。 1. 物などを積みたくわえること。 ・舎密開宗(1837-47)[略] ・佳人之奇遇(1885-97)東海散士 「尺進尺守満を持して放たず、以て蘊蓄すべし」 ・基督と其の事業(1902)植村正久 「[略]其の蘊蓄せる勢力無尽蔵なるを示せり」 ・春秋左氏伝[略] 2. 十分研究してたくわえた学問、技芸などの深い知識。 ・思出の記(1900-01)徳富蘆花 「[略]蘊蓄の益々深きを想はしむるばかり」 ・解剖室(1907)三島霜川 「『熟せる実』とならざる故を以て其の蘊蓄の断片零砕をすら世に発表せぬ」 ・多情仏心(1922-23)里見弴「殊に文学に対する彼の蘊蓄は」 ーーを傾ける ・明治大正見聞史(1926)生方敏郎 「斎藤緑雨は大の通がりとそのかくれんぼにその油地獄に柳橋仕込の薀蓄を傾 けて」 (2)の意味で用いられるのはようやく明治の終わりごろから、ということが分かる。では元来の意味はどうだったか。諸橋轍次『大漢和辞典』第二版(大修館書店、一九九六年)には蘊蓄の「蘊」に対して多くの用例が挙っている。荘子斉物論、孔子家語、玉篇、左氏、後漢書、詩経、広雅、正字通……。いずれも「積也」「畜也」「蔵也」「奥也」で、詩経だけは「思之不解也」すなわち心に思いがわだかまった状態を指す。他にも意味はあるが、略して、最後に出ている「蘊蓄」の説明を引いておく(なお実際の大漢和は正字・歴史的仮名遣い表記)。 1. 物を積みたくはへる、蓄積 ・左氏、昭、二十五 2. 学問、才芸などの素養の奥深いこと。 [用例なし] ちなみに『広辞苑』にも出典として出ている『春秋左氏傳(しゅんじゅうさしでん)昭公二十五年』は次のような文章である。 衆怒不可蓄也。季氏衆。蓄而弗治、將薀。薀、積也。薀蓄、民將生心。生心、同求將合。與季氏同求叛君者。 民衆の怒りをためてはいけない、怒りをためると、謀叛をおこす……というような意味で用いられている。これは『詩経』の「思い(恋愛感情のこと)がつのる」に近いものがあろう。 問題は、最近、ふつうに使われる「蘊蓄」はいつごろから流行したのか、だが、案外と新しい。『難解難読蘊蓄字典』(小学館、一九八三年)あたりから、深い学識というよりも、単に「知識」の意味くらいに使われているようだ。『古本屋の蘊蓄』(高橋輝次編、燃焼社、一九九七年)、『煙草の蘊蓄』(木部博人、彩図社、二〇〇〇年)、『蕎麦の蘊蓄』(太野祺郎、講談社、二〇〇〇年)、『すしの蘊蓄旨さの秘密』(成瀬宇平、講談社、二〇〇三年)、『薀蓄好きのための格闘噺』(夢枕獏、毎日新聞社、二〇〇七年)、『古本蘊蓄』(八木福次郎、平凡社、二〇〇七年)。国会図書館の和図書検索では一九八三年以前、書名に蘊蓄とうたっている本はないようだ。 明治以前は「蘊蓄」ではなく「蘊奥」(うんのう、ウンアウ)という言葉を用いた。こちらは「学術技芸などの奥義」で『日葡辞書』(1603-04)にも採られている。ただ漢語としては宋史あたりからだから、蘊蓄ほどには古くないと思われる。 まあ、以上のような知識は人の蘊蓄を借りただけのこと。本当のウンチクではない、だからウンチクくさいと言ってもいいでしょう。
by sumus_co
| 2008-04-28 21:53
| 古書日録
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