大山定一『作家の歩みについて』(甲文社、一九四六年)。数日前にたまたま大山定一生誕百年記念出版『ドイツをあるく』(知道出版、二〇〇四年)をブックオフで見つけた。二冊で千円セール。ブログになる前のデイリー・スムースに古本ソムリエ氏がやはりブックオフでこの本を買った話を書いている。『作家の歩みについて』は、必要あって甲鳥書林の本を整理しているところがり出てきた。またしても不思議な符合。甲文社は甲鳥書林が敗戦後復活したときの社名である。
後者の書目によれば『作家の歩みについて』は大山の単独エッセイ集としては最初のもの。それ以前、吉川幸次郎との共著『洛中書問』(秋田屋、一九四六年)、訳書にリルケ『マルテの手記』(白水社、一九三九年)、『ドイツ詩抄』(養徳社、一九四四年)、リルケ『神について』(養徳社、一九四六年)がある。養徳社は、戦時統合により、甲鳥書林の中市弘が代表を務めた出版社だから縁が深い。
他にも、雑誌『世界文学』(世界文学社)八号(一九四七年一月)で淀野隆三らと「世界文学への道」という座談会に参加するなど、小生の興味がひかれる場所に必ず名前が出てくる人物だ。ただし小生はドイツ文学はほとんど知らない。むろん大山訳『マルテの手記』くらいは読んだことはあるが、あれはパリ時代の話。パリの貧民についての描写がピカソの青の時代を連想させたのでよく覚えている。
そして何より年譜を見て驚いたことに、大山も讃岐の出身であった。一九〇四年四月三〇日香川県仲多度郡琴平町一一二四番戸に生れ、琴平尋常小学校、丸亀商業学校(中退)、丸亀中学、第六高等学校(岡山)を経て京都帝国大学文学部に入るのが一九二五年。京都帝大の講師のときに『カスタニエン』を創刊(一九三三)、一九四〇年より『四季』の同人となるが、それに先立って中原中也が一九三四年に下宿を訪ね、四一年には堀辰雄が京都独逸文化研究所(当時の大山の職場)に来訪した。また四三年には富士正晴から手製の版画文集を贈られている。
おもしろい記録は「小説モデル」。
堀辰雄「死者の書〜古都における、初夏の夕ぐれの対話」
織田作之助「それでも私は行く」
富士正晴「小ヴィヨン」
青山光二「われらが風狂の師」
真継伸彦「青空」
野原一夫「含羞の人」
吉見良三「空ニモ書カン〜保田与重郎の生涯」
以上の作品に大山は登場しているそうだ。『ドイツをあるく』は新刊として入手できる。
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『spin』03、著者全員サイン本は予告通り、東京堂書店、海文堂書店、聖智文庫の各店に並んでいます。これで在庫はなくなりましたので、未入手の方はお早めにどうぞ!