MIHO MUSEUM通信『Shangri-La』21号。本日は「与謝蕪村ー翔けめぐる創意ー」展のプレヴューに信楽の山中まで出かけた。京都駅から専用バスで直行。二月三日に開通したという新名神を利用した。運転手によれば20分短縮とのこと。春先の独特な色調の、小豆のアクにも似た、山々が美しいが、その真ん中を真新しい道路がバーンと通っている。自然破壊もはなはだしい。20分のためにこれが必要かどうか。
大雅に眼福を感じたばかり。蕪村やいかに。展覧会としては、これほどの規模は三十年ぶりと主催者が述べていた。その三十年前の展示をたしか東博で見た。「夜色楼台図」「峨嵋露頂図卷」をはっきり覚えている。オープニングの時点では「峨嵋露頂図卷」は並んでいなかったが(5/27〜6/8のみ)、ただ「夜色楼台図」は十年前に展示されて以来の公開で、徹底的に修復されており、新品同様(複製みたい)。その他、代表作が週代わりのようなかんじで入れ替えられて展覧されるらしい。
そして今回の目玉は最近、蕪村作と認定された「銀地山水図屏風」六曲一双(上はその一部分)。蕪村の最晩年(天明二年、1782、歿する前年、67歳)の大作であって、しかも力作。まず間違いなく雪舟の山水図卷を意識している。これには驚かされた。とにもかくにも一見の価値あり。