間村俊一『句集鶴の鬱』(角川書店、二〇〇七年、著者自装)をようやく手にする事ができた。なんとも豪奢な造本である。いちばん驚かされたのは「リ・シマメ」というざっくりした上質紙を本文用紙として用いていることだ。じつは小生も先日この紙をジャケット用に指定したところだった。本文に使うのか……。しかもそれがしっくりときている。活版刷はよって『たまや』のごとし。一頁一句の文字に使われているのは二号活字(22ポイント相当)。書体は内外文字印刷によるが、築地五号明朝がベースだろうか。あるところではインクが黒々と文字の端に溜まって光っている。とくにノンブルなどの小さい文字の印圧はまちまちであって、そういう物質的な余裕を楽しむ余地が残されている。だがそれは表紙布を特注したとか紙を漉いたという無粋な限定版趣味とはかけ離れていて、レディメイドの用材の範囲内においての遊びの果てだというところにまた間村大人らしいこだわりのなさとこだわりの在処を示しているようで何ともうれしくたのもしいことである。
大人の発句は拙著『古本屋を怒らせる方法』でも取り上げたように秀逸。評言無用。
湯豆腐やもうひとりゐる氣配して
二人目ものつぺらぼうなり土手の雪
饅頭の薄皮に差す冬日かな
口長き魚喰ふ町の寒さかな