黒岩比佐子『編集者国木田独歩の時代』(角川選書)を読了する。独歩が好きになった。いい男だ。先日引用した信子との破局があって後、初めて小説を書き始める。しかし彼の作風は容易に受け入れらなかった。二度目の妻治子(国木田治子、『青鞜』創刊にも参加)を迎え、新聞記者になるも続かず、矢野龍渓が始めた近事画報社に拾われて、日露戦争という追い風もあり、その編集者としての才能が花開く。イギリスのグラフ誌にいち早く着目し、菊倍判(A4相当)を採用しているのは卓見だ。
このあたりはヘタな要約をするより本書を読んでいただくのがいちばん。ひとつ挙げれば、近事画報社に勤めていた女写真師の正体を突き止めるくだり。これには黒岩女史もよほどコーフンしたのだろう、その過程を逐一書き留めておられて物書きの端くれとして、とても参考になる。まあ、同じように莫大なエネルギーが注がれた調査が他にも無数にあったのだろうが、それはサラリと書かれた一行一句に込められているにちがいない。それがひしひしと伝わってくる労作。
独歩は死期が近づいているベッドの上でも「病気さえ好くなれば、再び出版をやってみたい」と盟友の画家・小杉未醒に語ったという。彼の小説も事実をほぼありのままに描くいわゆる自然主義であったが、それは要するに独歩が根っからのジャーナリストだったという証しではないか。
独歩の作家としての評価が急速に高まったのはその死の前後からである。これは時代の変化、日本人が日露戦争というリアリズムを通過したこともあるだろう。ただ考えようによっては、親友だった田山花袋たちが独歩の本質を作家と見て、作家に仕立て上げた、その結果だったように、黒岩女史の本を読むと思えて来るのだ。独歩は編集者を天職と考えており、考えていただけではなく、実際にすぐれた編集者だった。
図版は可能なかぎり収録してあるものの、黒岩女史のコレクションからすればごくごく一部であろう。理想を言えば、『別冊太陽』のようなカラー図版をふんだんに使ったムック形式で構成してもらいたい。平凡社さんでもどこでも、やりませんか、明治グラフ雑誌の興亡特集!
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『洲之内徹小説全集』(東京白川書院、一九八三年)の特装版を某氏より譲り受けた。これは文句なく嬉しい。『ARE』に洲之内論を書いて以来読み返していないが、また一度ゆっくりめくってみたいと思う。深謝です。その下になっているのは、昨日ブックオフで買った『アサヒグラフ別冊美術特集松本竣介』(朝日新聞社、一九八八年二刷)。