石川達三『愛の嵐』(昭森社、一九四六年)。装幀の記名はない。ただ、表4に「migi」のサインがあるので
三岸節子だろう。彼女の装幀もなかなかいい。この花などは晩年の油彩画を連想させる豊麗さがある。マヨルカ(Mallorca マジョルカ)らしき壷も昭和二十一年という時期を考えれば、豪華このうえなし。貧しい三色刷をうまく活かしている。夫婦ともに絵描き(夫は
三岸好太郎)というのはそう珍しくないだろうが、それぞれに記念美術館をもっている例は他にあるのだろうか?
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『ムーンドロップ』9号(
國重游、二〇〇七年十一月十九日)が扉野良人氏より届く。氏は巻頭に詩「灰の朝」と論考「花さき鳥うたう現実を拾いに 永田助太郎ノート」を寄稿している。後者は28ページにおよぶ力作。永田については扉野氏に教えられて郷里高松で入手した『永田助太郎詩集』(蜘蛛出版社、一九七九年、『古本屋を怒らせる方法』にそのイキサツを収録しています)につきるのだが、やっぱり面白い詩人だ。かなり好きかも。「時間III」(『新領土』一九三八年二月)より。
聞クンヂヤヨ! 注意スルンヂヤヨ! サトルンヂヤヨ! 心ノ
MIMI ヲカツポジレ
心ノ MIMI ハトヂチマヘ
枕頭にノートを置いてみナ
夜のコズモスがモタラス
DREAM を
メザメのメカニズムで
記述してみナ
《永田助太郎は『新領土』の創刊時から編集スタッフとして入っていたので、このモダニズムの雑誌がどのような理念を保ち、また世の情勢にどう対処していくか内側の目で知っていただろう。にもかかわらず「空間」「時間」詩篇は、周囲を顧みずやけっぱちで発語しつづけるような、存在を消却するどころか、徒手空拳で世界に挑んでいるような姿勢がある》
なるほど、たしかに。なお『ムーンドロップ』というと吉岡実しか連想しないけれど、その誌名について主宰者國重氏は下記のように書いている。
《『ムーンドロップ』という誌名はヴラジミール・ナボコフの小説『蒼白い炎』の一節から採りました。/「moondrop」という綴りは、ナボコフが愛した「o」というアーモンド型の文字を多く含んでいます。「o」という文字に対するナボコフの偏愛は、『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』の冒頭にも顔をのぞかせています。》