西院のかわい書房をのぞく。以前にも紹介した、いかにも町の古本屋らしい古本屋。表の均一が案外いい。店内も安めの値段になっている。吉田健一の『金沢』(河出書房新社、一九七三年)が100円だった(函アリ、帯ナシ)。
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ハリウッドの日本人女性監督が撮った
ドキュメンタリー映画「はんなり Geisha Modern」が25日〜30日、
京都シネマで上映される。チケットを入手したので鑑賞してみたい。
芸者といえば、祇園のお茶屋で一度だけ接待されたことがある。以前も少しだけ書いたかもしれない。接待というかお相伴で、アメリカでヒットしたゲイシャ小説を翻訳するのでその担当編集者が取材という名目で、翻訳者と、なぜか小生を、呼んでくれた。その後その編集者には、別件でかなり長文の原稿と資料を渡したが、形にならず仕舞いで、彼は姿を消してしまった。原稿も資料も戻らなかった。この業界ではよくあること(らしい)。何年か前に東京の出版社に復職したらしく、最近作った本を送ってくれた。あのときの原稿は水泡に帰したが、蕎麦をごちそうになったり、お茶屋なるものを見学させてくれたので、それで充分釣り合いはとれている、と思うことにしよう。
そのときの取材を横で聞いていると、花街のシステムというものが、おおよそ分かった。祇園は女性社会であるとか、遊ぶのにお金がいらない(チップ以外は茶屋がたてかえ、後日まとめて請求あり)、メンバーズ・オンリーだからいちげんでは遊べないとか。必ず常連の紹介者が必要なのだという。それに関して覚えているのは、ある有名なグルメ・コミックの作者が、どこやらの外国人シェフを祇園へ案内したいからといって、紹介されてやってきたことがあるらしい。仲介者が茶屋の常連を紹介して、その常連さんが紹介したらしい。ところがその作者は代金をビタ一文払わなかったというのである(まずまちがいなく大金持ちのはず)。ダダ食い、タダ遊び。こういうときには紹介した者がツケを払うことになる。しかも有名な料理屋の仕出しを取ったそうだ(茶屋は食事などの提供をしないのが普通)。むろん別料金。ゲイシャ・ガールを呼べばさらに費用はかさむ。紹介者にしてみれば、見知らぬ他人にサービスしたようなもの。友人の友人はアルカイダだった、みたいな話(かな?)。
ちなみに「はんなり」は「はな+ほんのり」「はななり(花形・花姿)」「はなあり(花有)」などの語源が考えられるようだが、はっきりしない。意味は、明るくはなやかなさま。《開き初めたる早咲き梅のはんなりと(近世歌謡・落葉集)》のように使われた江戸初期ごろからの言葉(副詞)らしい。