田中美穂『苔とあるく』(WAVE出版、二〇〇七年、ブックデザイン=松田行正他)を頂戴した。
蟲文庫さんの初めての著書である。イラストは浅生ハルミンさん。古本アイドルの双璧(!)がタッグを組んだ(表現がちと古いですナ)。まずはジャケットの裏に苔(と猫足)の写真を四色で入れてあるのには意表をつかれた。
オールアバウト・コケ。生態はもちろん、観察、採集、整理の仕方、栽培から味見まで、カラー写真を多用して、じつに分かりやすく教えてくれる、かつてなかった入門書。苔の多様さにも驚かされるが、モノ好きとしては、顕微鏡やルーペ、メモ帳、コケファイルなどから抽き出しや図鑑、陶器、やきとりとビール、などなど、細部の観察がじつに楽しい。
とにかく田中さんの語り口が、ブログや早稲田のメルマガでおなじみのように、どこかホンワカしていて、いいかんじなのだ。しかしシンは通っている。例えば「撮影用具」
《コケを撮るなら、リコーのコンパクトデジカメが最適です。というより、これしか無いのです》
なかなかここまで言い切りませんよ。一眼レフ・カメラの説明にも一言《物らしい物を持たなかった父の唯一の遺品でもあります》と添えられている。これは苔との最初の出会いを語る「父の庭」というエッセイと対応しているわけだが、そういう脱線(?)部分が全体のトーンをしなやかで、かつ強靭なものにしているように思う。
「苔とあるく」はとりもなおさず「田中美穂と歩く」本なのである。いちばん好きな写真がこれ。苔をいつくしむ手がうつくしい。
それから120頁の電柱の写真、今年の二月、苔寺の近くで、その写真を撮る田中さん。
なお「苔」と「蘚」についてだが、「苔」は『説文解字』(一世紀)に出ているが、「蘚」は『唐詩選』にもまだ見えないようだ。蘇軾(1036-1101)は使っている。「苔」よりもずっと新しい字と考えていいだろう。『説文解字』は「〓」(クサカンムリに治)を苔の本字とする。治も台も、どちらも「声符」すなわち音を表すだけ。
そうそう、「レッド・プラネット」(アントニー・ホフマン、2000)というSF映画で人類は火星を緑化しようと試みて苔を放つという設定になっていた。巻頭の見返し遊び紙に掲げられている永瀬清子の「苔について」という詩を読んでいると、荒涼たる火星をびっしりと苔が覆っているシーンを思い出した。
苔踏めば肉球うれし秋の暮