
湖南文山『通俗三国志巻之十七』。二百円。表紙の表面がはがれ、奥付はむろん付いていない(こういうセットものの途中の巻には初めからないのが普通)。初版は元禄二年から五年にかけて(1689-93)。中国小説ブームのきっかけになった本である。くわしくはこちら。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/cl/koten/ueno/tuzoku.htmむろんそんなことはどうでもよく、この本文に使われているカタカナに興味があった。
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mixi の「まちのくささんの日記」にこうあった。
《夕方に近い時刻、不意に京都のTくんが来る。久しぶり。 ちょうど路上で、火曜日に市で買った本の荷を全部ほどいて、整理している途中だった。ひととおり見終わって、1冊、気になる本があって、痛んでいるのだが調べてみなくちゃ、と思っていたんだけど、それこそTくんが見逃すはずなくて、あきらめて売ってしまう。(お客さんが見てしまったら、仕方ないか、と思って、なるべくあきらめる、ようにしている。気持ちは残るんだけど。) それにしても、なんという絶妙なタイミング!であらわれるのだろう? スゴイもんだ。》
ブッダのお導きですなあ。
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『古本屋を怒らせる方法』に関口良雄さんのことを書いた文章を収録したところ、南陀楼綾繁氏が関口夫人に送ってくれて、懇切な礼状を頂戴した。そのなかに気になる一節があった。
《洲之内さんに主人より私の方が高く買ってくれるなんて書かれた事もありました》
気まぐれシリーズには出ていないはずなので、さて、どこに書いたのか、是非とも読みたいものだ。
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『日本古書通信』938号が届く。『古本屋を怒らせる方法』を紹介していただいた。さすが古本者Tさん(?)の執筆だけあってひと味違う批評になっている。深謝です。で、その号に吉岡実の処女詩集『昏睡季節』(草蝉舎、一九四〇年)について龍生書林の大場啓志氏が、開業間もない頃(昭和52、3年頃)、鶉屋書店を出し抜いて市場でその稀覯本を入手した様子が語られた記事が載っている。
40万円で五反田の古書展の目録に出品したところ、それを知った吉岡実本人が『昏睡季節』を一目見るため五反田の古書会館に足を運んだ、しかし本は見当たらず、大場氏も不在だったのでむなしく引き揚げ駅前の喫茶店でしばし物思いにふけった、そういうことを東京新聞の夕刊に吉岡が書いているそうだ(ただし新聞の切抜きは見つけられなかったので記憶による)。じつはそのとき大場氏は同じ喫茶店で『昏睡季節』に注文が入らなかったことを仲間達に愚痴っていたというから、事実だとすればきわめて面白い。
ただ、小林一郎氏の
吉岡実書誌には「吉岡家蔵本」の書影が掲げられている。家蔵ということは一冊は持っていたのではないだろうか? また同じく小林氏の「吉岡実未刊行散文集初出一覧」には該当する『東京新聞』の記事が見当たらない(表題だけから判断)。吉岡は『昏睡季節』の存在を秘匿していたことを 『現代詩手帖』一九七八年九月号に書いているらしいので、あるいはそちらの記事と関係があるかもしれない。

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いきなりの貧乏籤引く村まつり