昨日紹介した『纜』連載の金時鐘訳『朝鮮詩集』は今秋、岩波書店から『再訳朝鮮詩集』として刊行される予定とのこと。異河潤(イハユン)「遠砧」の金時鐘(キムシジョン)訳は次の通り。タイトルも「砧の音」となっている。
秋の夜長に ことと ことと
絶え間なく聞こえてくる物淋しい音は
内房(おくのま)に籠もり 白衣(ころも)を打ち均らす
わが韓国(からくに)の乙女らの潜(ひそ)めた訴えか。
「内房」の註には、原語読みでは「アンパン」、母屋の奥にあって台所のついている部屋、あるいは主婦が起居する内室という説明がある。昨日のブログを読んだ某氏が8月24日付東京新聞の「大波小波」欄の記事をファックスしてくださった。
《短歌的抒情を否定し、現代に生きる詩として再訳を試みた。もはや夕陽を愛(め)でる雅語の感傷はいらない。強靭な論理の言語こそが必要なのだ。/これは音楽でいえば、ルビンシュタインのショパンがいきなりグールドにとって替わられたほどの事件であり、そもそも翻訳とは何かという問題をわれわれに突きつける》
「草莽人」という署名(そうもうじん、在野の人という意か)があるが、某氏によれば四方田犬彦氏ではないかとのこと。《ルビンシュタインのショパンがいきなりグールド》という表現は言い得て妙だと思う。要するに、これは翻訳の優劣というよりも翻訳者それぞれの人生の問題であろう。『再訳朝鮮詩集』はハングル原文と対訳での刊行らしいが、本当は三者並べればベストだろう(むろん金素雲訳『朝鮮詩集』は岩波文庫で読めるのだが)。いずれにせよ刊行を期待している。
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『英語ジューニア』第一巻第五号(愛育社、一九四七年二月)。表紙は初山滋である。二月号懸賞課題の英文解釈が載っているので写してみる。中学二三年程度だそうだ。
《In Africa there is an animal called an alligator. One day a mother-alligator said to her young one : What will you be when you grow up?" "I will be a hand-bag," replied the little one.》
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先日紹介した『うさぎパン』の挿画を描かれた井出佳美さんより個展の案内をいただいた。
http://event.japandesign.ne.jp/prenews/10963070716/
井出佳美さんのサイトはこちら。少しだけビアズレーを連想したが、不思議な世界だ。
http://www.geocities.jp/imydevil/
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今日の日経新聞朝刊の文化欄に畠中理恵子さんの「地方発の本に終章なし」という記事が出た。ミニコミの面白さを教えてくれたと『sumus』にも触れてくださっている。《新たなかたちで出発できることを今は期待したい》と結ばれているが、そうなるように祈っているし、少しでも何か力になれればと思う。
集ひよる顔それぞれに濁り酒