鈴木創士『アントナン・アルトーの帰還』(現代思潮社、二〇〇七年、装幀=岩瀬聡)。鈴木氏よりメールをいただいた。《『アルトーの帰還』は十二年前に河出から出していたものです。ほんの少ししか手を入れず、そのまま今回出しなおすことになりました。したがってだいぶ前に書いたものなので少し恥ずかしいです。》
単純に言えば、本書ではアルトーの晩年が描かれているわけだが、無論それは評伝では決してなく、といって小説や随筆でもない。ある種、著者の体験(というか感覚記憶)のなかにアルトーを当てはめて行くような、アルトーとの一体化の試みではないだろうか。驚いたのは次の一節。
《一九三九年二月二十七日、パリ郊外のヴィル-エヴラール精神病院に移送。アルトーは旺盛な執筆活動(手紙その他)を再開し、友人たちとの面会を受け入れるだろう》
先月19日の日録で取り上げた佐伯祐三が一九二八年六月二十三日に入院したのが同じ《ヌイイ・シュル・マルヌのセーヌ県立エヴラール精神病院》なのである。佐伯は同病院で八月十六日に歿した。
現在の地図で見ると、パリの東方、RER(郊外電車)の Neuilly-Plaisance、または Noisy-le Grand-Mont d'Est が最寄り駅で、現在の名称は Etablissement Public de Santé Ville-Evrard となっている。
《偽善的で、非情な、時にはわれわれを狂気の倦怠のなかへ突き落とす死の舞踏。日々の不快さ、己れを知らぬ災いは、結局ほとんどすべてがそこから来ているのだろう。では描いたり書いたりすることは、それに逆らうためなのか?
たぶん。
たぶん、そうだ。》(p38)
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手を洗おうとすると、台所のシンクの排水口の端にゴキブリが腹を見せて転がっていた。ホウ酸団子をあちこちに置いてあるので、ひょっとしたら、効果があったのかもしれない。そっと反故紙でつかみあげて、ゴミ箱に捨てた。書斎にもどってしばらくすると、台所から
「ギャーッ」
ナベツマの叫び。最近、いろんな動物に勝手に名前をつけているので(犬猫だけでなくキリギリスとかカマキリまで)、ひょっとしてあのゴキブリも捨ててはいけなかったのか? そんな不安が脳裏をよぎった。まさかね。
「ゴキブリは捨てたぞ」
と言うと
「生き返って逃げたのかと思ったわ!」
だとさ。
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涼風や力一ばいきりぎりす (七番日記)
『一茶俳句集』(丸山一彦校注、岩波文庫、一九九〇年)、原文「きりぎりす」は繰り返し記号を使用