『ハマスホイの詩的世界』(フランス国立美術館会、一九九七年)。ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916)はデンマークの画家。日本で言えば、黒田清輝(1866-1924)と同じ世代に属する。没後、長らく忘れられていたが、一九八〇年代になってアメリカ合衆国で評価が高まり始め、この図録が発行された一九九七年から八年にかけては、ハーヴァード大学、オルセー美術館、テイト・ギャラリー、ストックホルム国立美術館などを巡る回顧展が開催された。
この図録はルーヴルの地下の書店で購入したもの。ハマスホイの作品はほとんどデンマーク国内にある。まあ、無名作家にありがちなことで、モランディもたしか少数のコレクターが多くの作品を所有していた(林哲夫も?)。パリでもオルセーが一点所蔵しているだけじゃなかったか、今はどうだか知らないが。
gyuのバルセロナ便りというブログ(ハマスホイの作品がたくさんアップされている)によれば、来年、日本でも展覧会が開かれるらしい。これは楽しみ。
どうして突然ハマスホイかというと、『古本屋を怒らせる方法』の大詰め、索引の校正を編集者Sさんとやり取りしていて、ハマスホイのファースト・ネームが分からず、あわてて図録を探し出したからである。
そうそう、岡崎さん、帯文、感謝です。(まだ読んでませんけど)
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『ちくま』六月号(一月遅れ)、間村俊一さんのエッセイに京都時代(本人いわく同志社の不良学生)の回想が出ていた。
《カラコロと下駄の音を鳴らせて二階へ上がる。当時、四条河原町にあった書店、京都書院。鍔広の帽子に手をやった又三郎の赤いマントが風になびくと、無数の朝顔が舞い上がり、鎌首もたげた緑の蛇が足もとを狙っている。唐十郎率いる状況劇場の「唐版風の又三郎」京都公演を告げる極彩色の大版ポスターである》
《いまも寺町二条に健在な三月書房を初めとして、当時の書店の過激さといったらなかった。本も演劇も美術も音楽も渾然一体となってわれわれを挑発したものだった。土方巽、寺山修司、ハンス・ベルメールやアンドレ・ブルトンといった未知なるシュールレアリストたちとの出会いもすべてこれら本屋の店頭である》
そして京都書院で『定本加藤郁乎句集』(人文書院、一九七五年)四千五百円を購入した。
《活版印刷の贅を凝らしたその造本に強く魅かれるものがあったのだろう。装幀の仕事を始めて以来この一冊は、わが足もとを照らす一条の光である》
なるほど、間村さんの活版好きは青春の形見なのだ。
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尾仲浩二さんが
ギャラリー街道を開いた。作家が自主ギャラリーを開くというのは、ありそうでほとんどない。古本も置いているようなので、お近くの方は覗いて下さい。最寄りは丸ノ内線の南阿佐ヶ谷駅(なつかしい場所だ。阿佐ヶ谷時代の話も『古本屋を怒らせる方法』に書いてます)。