吉村冬彦『橡の実』(小山書店、一九四一年六刷)。時事的な短文が時代を感じさせてたいへん面白い。
《省線電車渋谷駅の人気者であつた「忠犬」の八公が死んだ。生前から駅前に建立されてゐたこの犬の銅像は手向の花環に埋もれてゐた。たかゞ犬一匹にこのお祭騒ぎはにがにがしい事だと云つてむきになつて腹を立てる人もあつた。/併し。これがにがにがしければ凡ての「宗教」はやはりにがにがしくも腹立たしいものでなければならない》(繰り返し記号はカナに換えた)
この後、著者は上野の科学博物館で大きな白犬の写真を撮っているのを目撃する。それはハチ公の剥製だった。現在も上野の国立科学博物館に所蔵されている。言うまでもないが、吉村冬彦とは寺田寅彦のペンネームである。写真は巻頭口絵、寺田の書斎。