『群像』一九六九年十一月号。表紙、挿絵は大沢昌助。佐野繁次郎ほどではないが、大沢昌助も文芸雑誌の表紙や装幀を多く手がけていて、好きな画家である。
この『群像』には中谷孝雄「日本浪曼派」が掲載されている。これは翌年講談社から『同人 : 青空・日本浪曼派』としてまとめられている。淀野隆三のことも当然登場する。昭和九年のこととして語られている中に次のようなくだりがある。当時、作家同盟の財政部長などを務め、左翼活動家を援助していたらしい。そのため警察に拘束された。
《淀野の父は京都ではよく名の知られた実業家であつたが、何分にも一代でたたき上げたやうな人だつたので、息子が東京でしてゐることには詳しくなかつた。嫁の手紙に驚いた彼は急ぎ上京し、それから警察へ日参した。その甲斐があつたかどうか、淀野は十日ほどで釈放され、シラミだらけになつて帰宅した。そして父からは叱られ細君からは泣きつかれて、淀野は今後一切、左翼の運動には関係しないと誓はされた。むろんそれは淀野の本心ではなかつたが、さうかといつて一応は表面的にもせよ従来の運動から手を引かないわけにはいかなかつた》
当時としてはありがちな話だったかもしれないが、警察へ日参したとか、シラミだらけになつて帰宅した、といったところに中谷らしいリアリティがある。
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ソックス対策として、拒絶せずに、糞場をあつらえてやりないさいというアドヴァイスをある方よりいただいた。共存の発想でなるほどなあと思った。
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池上博子さんより『ハンコ通信』とともに「手展」の案内。池上さんはハンコを20個以上展示されるようだ。詳しくは下記サイトにて。
合同展「手」展 6月16日〜22日
海月文庫アートスペース