沙袖『父の帽子』(幻戯書房、二〇〇三年、装画=金子恵、装幀=緒方修一)。転居前から読み始めてやっと読了。六十年代末の北京での屈託した少女時代が濃やかに描かれている。文化大革命と紅衛兵の現実がリアル。もうひとつ高い視点が欲しいような気もするが、まずは低い視点の生々しさを面白く読んだ。文中に一九六五年の北京の古本屋の描写がある。主人公が父と繁華街の西単(シーダン)へ出かける。
《大きな古本屋に入った。私たちの繁華街めぐりの最初の目的地に着いたのだ。/古本屋は迷宮のようで、天井まで届く本棚が仕切りとなって入り込んだ迷路を作り出し、迷路のあちらこちらに柱のように積み重ねられた古本の山が迷路をさらに狭くしていた。いつの間にか、父の痩せた背中は迷路の中に消えていた。私は一人で黄ばんだ本のページを手当たり次第にめくったり、面白い挿絵を見付けるとそのページを何回もめくり返して、他にもないかと更なる発見に胸を躍らせるのだ。それに飽きると、迷路のどこかで父とばたりと会うか、さもなければ、辞書の山積みされた一角へ父を探しに行くのだ。そこは父が毎回、必ず時間をかけて見るところで、英語、フランス語のほかに、ラテン語やギリシア語の辞書も買ったりしていた。/古本屋での辞書探しは、辞書作りのためだった。父は仏中辞書の編纂を始めていた》
また「流氓」という言葉が出てきた。中国語で「流氓」というのは、ゴロツキとか不良とかいう意味のようだ。洲之内徹はこれを小説のタイトルにしているが、洲之内ふうに言えば「チンピラ」だろうか。
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TV録画で「パッチギ」(井筒和幸、2004)を見た。思った以上に良くできていた。『父の帽子』とほぼ同時代の日本はこんな様子だったのだ。毛沢東思想にかぶれた高校教師が登場するのも笑えた。気になったのは、ひとつはあまりに流行風俗を羅列しすぎたこと、もうひとつは説教くさい説明のセリフ。これらをもっとさらりと絡めていれば言う事なしだった。京都の名所案内にもなっていて、この点はうまく処理していたと思う。個人的には、うちの息子がはしだのりひこさんの娘さんと小学校が同級生だったので、息子が瞬間的に行方不明になったときには、はしださんにお世話になったこともあり、フォークルの曲はいろいろな意味で懐かしい。
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『アンダーグラウンド・ブック・カフェ』の目録が届いた。いちばんグッときたのはディック・ブルーナのペーパーバック各種。シムノンのメグレ・シリーズなどのオランダ語版。じつに渋いデザイン。某書店に『林哲夫作品集』(風来舎、一九九二年)特装版が出ていた! これ20部限定エッチング付きなのだ。状態がやや悪い作品社の井伏鱒二『田園記』もある。ふう……。