『三度のメシより古本!』(平凡社新書、二〇〇七年)が届いた。樽見博さんの新著である。樽見さんにピッタリのタイトルで、ひょっとして自伝か日記随筆かと思ったのだが、中身は全く違った。浮世絵価格、明治文献、初版本などの価格の変遷史が大きな柱。他に馬琴、美成、蜀山人ら江戸時代の考証家、記録魔たち、そして真山青果、伊藤信吉など、「蒐集」に対する考察が実例をあげてなされている。この視野の広さは樽見さんならではものであろう。しかもキラ星のごとき名言がちりばめらている。
《「珍しい」というもの一様ではないが、結局、人を蒐集に駆り立てる「要因」はこの「珍しさ」にある》
《古本というのは高価なものほど、実は需要者は少ない》《一冊しかない本に、希望者が二人出てくれば価は上がっていく》
《先人が残してくれた書物の中には、その価値の埋もれているものがまだ無限にあるはずである》《稀少で、かつある時代を表す力が本質的に備わっていれば、価値が出てくる可能性があるといえようか》
《得がたい珍しい物に対する欲求には、金銭だけでは表せない何か強い魅力があるのであろう。それは売る側にも買う側にも共通の魅力かもしれない》
《古書価の高い本が最善のテキストとは限らないことは知っていて損はない》
《実証、現物こそ肝心といいながら、頼りにするのは古人の書物である。愛書家の病はいつの世も重い》
《口より出るを詩歌といひ、尻より出るをおならといふ》
最後の軽口は亀谷文宝『千紅万紫』からの引用である、念のため。帯の写真は樽見さんの書斎だろうね……。
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塩山御大より『記録』5月号を頂戴する。今回俎に上るのは小沢信男『通り過ぎた人々』(みすず書房、二〇〇七年)。まずはみすずの本のページ単価から入っているあたりさすがベテラン編集者。小沢さんのことをこうほめちぎる。
《約50年の文筆生活で、1度もブレイクしなかった男だ[ここまで傍点付]。考えれば凄い。才能なしが生き長らえる年月ではない》
また、同封されていた『映画辛口処シネマぜんざい』13号での連載第一回では「空中庭園」が取り上げられているが、やはり原作者・角田光代さんを絶賛(だよね?)。
《彼女はその顔が武器かと。鼻を中心に美貌を超越したカリスマ性が。金原ひとみのような明白なブスにない、一種の神々しさだ》