田中義廉編輯・那珂通高訂正『小学読本巻之二』(瀬戸清次郎、大野木市兵衛、中川勘助、中野啓蔵、明治八年一月官許)。当時の小学校の教科書は英米の教科書の翻案が多いようだ。とくにまだ活版が充分に普及していない時期の木版刷りの教科書には雅稚を感じる。浮世絵の伝統は何処へ行ったのだ? というこの粗雑さがまたいい。
上図、子供が無邪気に遊んでいる。しかしここに付けられたテキストは手厳しく、作業場で遊んでいはいけないというもの。
《汝等ハ、遊歩のときも、作業場に、来るべからず、遊歩場にて遊ぶべし》
ちなみに本木昌造が東京の下谷和泉町に活版所を開いたのが明治四年。築地の新工場へ移転したのが明治七年である。「長崎新塾出張活版製造所」、後の「築地活版製造所」「東京築地活版製造所」。なお大阪の活版所は明治三年三月、京都は同年十二月開設である。
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以前、レニー・エアース『夜の闇を待ちながら』(講談社文庫、二〇〇一年)を『sumus』サイトの「すむーす堂」古書目録に載せたことがある。ナベツマの蔵書だった。現在は「すむーす堂」は閉鎖し、古書販売は行っていないのだが、過去の記録がどこかに残っているのだろう。今年に入ってポツリ、ポツリ、とすでに五人の方から注文をいただいた。他の本には一切来ない、『夜の闇を待ちながら』のみ。いったい何があったのか、気になる。不思議な現象。