プルースト『土地の名』(井上究一郎+久米文夫訳、作品社、一九三四年)を某氏よりいただく。箱の背が抜けているが、まったく問題ない。非常にカッチリとした仕上がりである。
「解題」を伊吹武彦が書いている。伊吹は井上の三高時代の師である。井上は昭和十八年にハノイ大学へ出張し、敗戦後はハイフォンで抑留生活を経験した。引き揚げ後、東京大学教養学部助教授(一九四九)、同文学部教授(一九六一)。一九五七年にはフランス政府の招聘で渡仏しガリマール書店に居住した。
井上個人訳のプルーストが筑摩から刊行されたことはすでに触れたが、じつは昭和二十三四年頃、淀野隆三の高桐書院からそのプルーストを刊行するという計画が進められていた。これは「つばめ」さん所蔵になる淀野宛井上書簡に記録されているので間違いない。だが、井上は伊吹先生の許可をもらいたいとしてその折衝に時間を費やしているうちに、高桐書院そのものが解体してしまい、幻の企画に終わったのだった。
「土地の名」の原題は「NOMS DE PAYS : LE NOM」である。「土地の名」というと詩的だが、「あちこちの地名、その名前」くらいの意味だろうか(?)。ドゥポワン(コロン)をどう訳すかが大問題。むろん考慮の果てにだろうが、井上らはそれを回避したわけだ。ドゥポワンの一般的な用法は以下のようにいくつかある。
Les deux-points sont utilisés pour introduire six sortes d'éléments: une explication ou un résumé, une cause, une conséquence, une énumération, une citation d'auteur ou un discours direct.
仮に「une énumération」(列挙)と考えてみると、プルーストは具体的に地名を列挙せず、複数形をもって替えた、というふうにも思えてくるが、いずれにせよ大事なコロンではないか。
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京都国際マンガミュージアム
烏丸丸太町で、初めて装幀をやらせてもらうことになった出版社の人と打ち合わせをした。その帰り、町家を見学しながらぶらぶら歩いて南下していると、うわさの京都国際マンガミュージアムに出くわした。元・龍池小学校である。以前も触れたが、京都の小学校は草創期に学区民が出資して建設したため、容易に取り壊しなどは出来ないらしい。そのため文化的な施設として転用されている例が多い。
四条を越えて南へ歩く。仏光寺通附近にある貸し物件を外から拝見する。まだ居住中なのだ。扉野氏の実家の“ほん近所”。便利はとてもいいが、ここに住むメリットは何なのか……と考える。扉野氏の蔵書を借りられるな(!)と思いつく。