藤村耕一編『その日その日』(宝文館、一九二九年)の函背。これは日記帳である。惜しいことに、巻頭からかなりまとめて破り取られていて、八月の頁に「二月十日」の記述がある。
《今、五時である、試験勉強の為ずつと昨夜中、机の前に坐るのは坐つてゐるのだが、実のところ二時間だけ居眠りをしてそれから、あはてゝ本にむかつたのである
本は言語学、
言語学の本を読みつゝ高安先生の事を思つた》
「高安先生」は高安国世であろうか(後註・国世ではないです)。日記はこの日だけ。何年か前に二条通りの水明洞で買ったもので、目当ては巻末付録のさまざまな情報。芸術家の住所録から郵便料金表や時刻表、外来語字典まで収められている。住所録は愉しい読みものだ。金子光晴「渡欧中」、佐伯米子「在フランス」(佐伯祐三は一九二八年に歿したが米子はまだパリに残っていたようだ)などに目が止まる。
÷
滝沢村のCさんから暮れの収穫について報告の手紙が届いた。
《野田市の雪華堂書店と森岡市内の古書店の二店から私にとりましては長い間探していた、しかも殆ど集まる可能性のないような本が突然集って来たのです。
一、片山正夫 化学本論 内田老舗閣 大正四年
宮沢賢治が表紙がすり切れる迄勉強したと言われている参考書、十年以上も探していたが求められなかった本
一、東京帝国大学学術大観・理学部、東京天文台、地震研究所 東大
カタログ販売でヤマをかけて購入したところ案の定、田中館愛橘、寺田寅彦、田丸卓郎らの学会発表の表題名が殆ど網羅されている本で、実に得難い本でした》
他に小倉金之助関係書、鈴木梅太郎『改訂ビタミン』(日本評論社、一九四〇年)が挙っている。いやあ、そういう不思議というのはあるものだ。正月早々めでたい。
÷
本日も午前中は仕事。午後から京町家専門の不動産屋へ面接に行く。京町家の講義を受ける。京都の町衆についてあれこれ。明治時代にできた小学校の学区(元学区)が京都人のアイデンティティであるとのこと。元学区によってその人の職業から来歴までほぼ推定できるのだとか。
京都の市街中心部にある小学校が統合によって廃校されたにもかかわらず校舎や校庭がそのまま現在も転用されずに残っているのは(京都芸術センターなど一部利用されているが)、明治時代に町衆が土地や資金を提供して開校したためのようである。学区の人々の総意がなければどうこうすることはできないらしい。立誠小学校(木屋町通り三条と四条の間、高瀬川沿い)などもそうなのだろう。
他にも町家の構造の合理性についてなど。ということで一通りお勉強した後、一軒紹介してもらって、外見だけを見て帰宅。
÷
岩田さま
いやいや、大した話ではありません。波屋書房についてもっと何か新事実があればいいのですが、『サンパン』に書いたことにさほど付け加える内容がないのが残念です。ただ、長谷川幸延の『笑説法善寺の人々』に宇崎祥二についての「ええ話」が載っていたのを見つけました。それは使おうと思っています。