『近代艶隠者』ようよう読了。原本奥付には《貞享丙寅三歳/孟春良辰/摂陽順慶町心斎橋筋/書肆河内屋善兵衛刊》とあるから一六八六年の正月刊行。四年前に『好色一代男』、前年には芭蕉の『のざらし紀行』が成った。翌年には「生類憐みの令」が出され、さらには元禄へと突入する、そんなバブリーな時代である。隠者というタイトルに反して贅沢三昧の描写が続くのも読みどころ。全国名所案内にもなっている。
一人の男が諸国行脚のうちに出会った、金儲けにこだわらず毎日その日が暮らせればいい、そんなふうに悟った庶民たちをあれこれ描写してゆく。上の図は「岡崎の市隠 真葛原の艶男」より。遊里通いの遊び人が諭されて、きっぱり足を洗い、毎日古道具屋(古物棚)をのぞいて安らかに暮らしましたとさ、という場面。この道具屋の店先が面白くて見飽きない。バブリーだよ、この品々は。着物も派手だし。
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柴田宵曲『明治の話題』を読んでいると、「校正」という一文があって、「校正恐るべし」という駄洒落は東京日日新聞社時代の福地桜痴が考えたらしいとしてある。論語子罕(しかん)第九に
後生可畏。焉知來者之不如今也。四十五十而無聞焉。 斯亦不足畏也已
(ウンチク流に訳せば、後から優れた者がどんどん出て来るんだから、四十五十になって無名じゃあ、才能がないということだ)とあるところを
校正可畏。焉知硃筆之不如墨也。四回五回而無訂焉。 斯亦不足恃也已
ともじった。まあ、それは余所のサイトでもいろいろ言及されているからそれで良いとして、この頁をよく見てみよう。
《仮名違ひをも改めて》となっている。これは「仮名遣ひをも改めて」ではないか。もし「違い」の意味なら「仮名違えをも改めて」とすべきではないだろうか? 原本がどうなっているのか知らないが、いずれにせよ誤植恐るべしである。
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「今年の収穫・この一冊」『日本の古本屋』メールマガジン読者アンケートの案内が届いたので送信してみた。
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