高橋啓介『蒐書三昧—限定本彷徨』上巻(湯川書房、一九八七年)をある方よりいただく。『神戸の古本力』の返礼であるが、あまりにもったいないことである。深謝。
世に名高い限定本ばかりを収めているこの本をめくっていると、日夏耿之介の原稿写真が目に留まった。『詩集咒文』の解説のなかに「咒文の周囲」原稿六枚が写っており、一枚目は全文が読み取れる。今、新潮社版『日本詩人全集13木下杢太郎・山村暮鳥・日夏耿之介』(一九六八年)を見るとタイトルは「咒文乃周囲」である。以下、明治大学図書館のサイトから引用した解説(一部省略)。
日夏耿之介『詩集咒文(ししゅうじゅもん)』
昭和8(1933)年2月 戯苑発售処刊
四六倍判 和紙装絹糸綴 アンカット 三色刷 装幀:山崎喜三郎
限定107部 著者署名入
著者自らの撰になる『咒文乃周囲』『薄志弱行ノ歌』『塵』『蛮賓歌』の4編を収録。本文は著者名透入和紙。限定部数のうち10部は、自署本で、表紙に紐が廻してある。
ということで、どうしてこれが目に留まったかというと、先日、ここで話題にした西鶴の『近代艶隠者』を今ちょうど読んでいて、どうやらこの「咒文の周囲」という一篇が、日夏の愛読したという西鶴の珍本からモチーフを取ったのではないか、そう思われたからだ。
『近代艶隠者』(古典文庫、一九四九年)。活字本だと思って神田の某書店から買ったところ影印本だった。しかたがないのでお勉強のつもりで変体仮名を読んでいる。この図は神仙たちが集まって四方山話をしているところ。どうしても日夏の詩のイメージが連想されてしまう。
ただ、『近代艶隠者』は文章のつながり、歯切れが悪くてどうも西鶴の傑作とは思われない。日夏はこの作を高く評価しながらこのように書いている。
《実にあれは西鶴の傑作であり、よしんば西鶴の作でないといふ昔の旧説が蘇生したにしても、それは卓れた無名氏の傑作である。》
ま、見解の相違ということで。
÷
昨日の俳句にしたように奥歯がポロリと落ちた。すでに金属の歯であったが、あわや嚥み下すところだった。今日、歯医者に行くと「根元の歯が折れているようですね」と言われ、抜歯しましょうということで、あっという間に抜かれてしまった。上手な先生だった。