2006年10月16日(月)
午後二時少し前に東京駅着。下車しようとして通路に立っていると、向いの車両から出口に向かうアントニオ猪木の姿が見えた。真っ黒のコートに真っ赤なマフラーを肩から垂らしていた。さほど大柄ではなかったのが意外だった。普通の人より少し大きめくらい。
お茶の水へ直行する。秋めいてきた坂を下っていて、思わず、虔十書林のところで足が止まった。店頭の見切棚の中から『潭』創刊号(書肆山田、一九八四年十二月)を300円で。『文藝』の佐野繁次郎表紙500円もあったが、結局、迷って買わなかった(後悔)。洋書の大島書店をちらりとのぞき、文房堂の四階ギャラリーで中沢弘光の作品展示を見る。女性像ばかりを集めていた。美術学校時代がいちばん良かった。
田村、小宮山の店頭をちらりと覗き、そのまま都営三田線の春日まで。例によって東横イン。十泊すると一泊タダになるという特典を利用。神保町に引き返し、書肆アクセスへ。『読む人』の追加分にイラストサインするため青木さんと伯刺西爾に立て篭る。ミカンの最期の話や青木さんの猫の話をしながら三十分ほど。
午後五時十五分頃、古書会館に到着。西秋氏と打ち合わせ中の山田俊幸先生に挨拶。来年のUBCの企画展示で絵葉書をやるそうだ。山田先生編集の『続・芸術家の年賀状』(二玄社、二〇〇六年)をいただく。山田先生の略歴を見て、新潟県柏崎出身であることに気づく。江原小弥太と同じだ。この絵葉書集はとても参考になっていい。
尾仲浩二氏に初対面、そこへ大田通貴氏がやって来て、三人で明日の打ち合わせに出る。まずは「いちこう」という神保町裏の居酒屋へ。ここで十時の閉店まであれこれ二人の来し方などを聞き出す。尾仲氏は森山大道の門下生、大田氏も大道ファンで写真集を出したところから今も深い付き合いを続けている。最近の森山フィーバーについてはかなり批判的な言葉が飛び出した。さらに神保町交叉点を南下して「はるだんじ」というギャラリー居酒屋で十一時半頃まで。話がはずんだせいでちょっと飲み過ぎた。下は尾仲氏(左)と大田氏。