『早稲田古本屋街』(未来社)読了。おおよそは『未来』や『古本共和国』で読んではいたが、一冊にまとまると早稲田古本屋街史となって重みが出た。よくぞ未来社はこの本を出した。序章で目にとまったのが戦前の早稲田通り沿いの古本屋の記述である。
《右側には尾崎一雄の小説で有名な大観堂、その一軒先がオランダ書房で、主人は川柳研究の岡田甫、三笠書房もひとときここに社屋をかまえていた》
あ、これは別冊太陽からの引用だけど、岡田甫がオランダ書房という古本屋をやっていたというのは知らなかった。岡田の本名は千葉治で、戦後、細川書店に勤めていたので非常に身近に感じるのだが、あまり詳しく経歴を調べたことはなかった。著書は数冊架蔵している。
ネットで調べると、岡田甫は昭和二十五年にオランダ書房を開き、二十六年より近世庶民文化研究所を主宰、『近世庶民文化』を発行したとあったが、これは開きというよりも再開したということになるのだろうか。ちなみにオランダ書房で国会図書館を検索すると、吉永武『希望我と共に』(一九四〇年)と渋江周堂『鳩と潮流』(一九四一年)がヒットした。戦前から出版にも手を染めていたようだ。
『早稲田古本屋街』で、思わずにやりとしてしまったのは、古書店列伝それぞれの店の最後の一行か二行、その締めのフレーズ。いくつか例を挙げると、こんな感じ。ちょっとクサイのだが、読み進んでいると、向井くん、この本屋はどうまとめるかな、みたいな期待感が高まってくるから不思議。
《鈴木の望んだ「笑い声」の絶えない生活を、本が運んでくる気がするのだ。本というものは触れた人の思い出を身に刻むからである。》思い出の続き—西北書房
《「人の心が変わった」といわれている現在も、本に囲まれた「ふるさと」が、人の記憶に生きている。》記憶のふるさと—浅川書房
《彼らが過ごした三畳間の青春を、道行く人は知らない。》三畳間の青春—三幸書房
《再び紫煙が吹き上げられると、右へ左へ形を変え、ふらふらと漂って消えていった。》けむりの先—いこい書房(註・いこい書房は煙草の銘柄「いこい」からきているので)
《平野書店目当てに早稲田を訪れる人は多い。それは、この店に初めて入った日の、棚を見つめる自分にいつでも再会できるからである。》記憶を挿す—平野書店
そして古書現世の項はこう終わっている。
《そこにも面白い話があったのだが、それはまた別の話。また、いつの日か。》
今、聞きたいよー。
これら以外の店もそれぞれバッチリ、セリフを決めているので、ぜひチェックしてみて欲しい。列伝以外に、早稲田の古本市に関する座談会も古本市を経験した者なら誰でも同感しながら読める。悲惨な古本市の思い出は何度読んでも悲惨だ。早稲田古本屋街年表もいい。
まったく新しい早稲田の歴史がこの一冊に刻まれた(ちょっとまねっこ)。