渡辺一夫の『亀脚散記』(朝日新聞社、一九四七年、装幀=故六隅許六)をある方よりいただく。セーヌ河畔の古本屋の話をさっそく読む。十九世紀が河岸の古本屋の黄金時代だった。その頃にはシャトーブリヤン、ド・ネルヴァル、バルザック、サント・ブーヴのような文人たちも顧客だったそうだ。店主のなかにもアシャントルのような有名なラテン語学者もいたし、フォワ老人のように気概のある主もいた。
フォワ老人は左岸マラケ河岸に箱(古本を販売するための備え付けの箱)を持っていたが、ある冬の寒い日、不用の駄本を燃やして暖をとっていた。そこへナポレオンが通りがかった。ナポレオンは本屋が焼くような本はいったい何だろうと思って自らそのタイトルを尋ねた。フォワ老人は皇帝と知ってか知らずか笑いながら答えた。
「フランス人の征服と勝利」
ポール・ラクロワが書き残しているそうだが、シニックなおとし話であろう。ちなみにナポレオンは読書好きで、子供のころにはプルターク英雄伝が愛読書だった。ただし、飽きっぽくて最後まで読み通す本はほとんどなかったとか。例外的に『若きウェルテルの悩み』だけは七度読んだと伝えられている。