ジダンの退場は象徴的だった。何かマテラッツィと短い言葉を交わした後、先に進み、急に振り返って頭突き……(
頭突書店ってありますけど)。
関西のTV(毎日放送)では、夕方のニュースのときに、前日の阪神タイガースの試合で岡田監督や選手が、ある特定の場面で何をしゃべっていたのか、唇を読んで解説するコーナーがある。だいたい審判に抗議しているときなどだ。だから、ジダンとマテラッツィとのやりとりも映像の口パクからある程度判断できるんじゃないかと思うのだが。
『書架』75号届く。書画を中心とした巻頭カラー図版の中に佐野繁次郎の画稿二種が載っていた。新生社の『女性』増刊スタイルブックのための原画らしい。なかなかのものだ。
扉野氏より絵葉書。ニューギニアの神像付きイス(国立民族学博物館蔵)。説明にこうある。
《人間が腰かけるためのいすではない。儀礼のときに、祖先の霊ののりうつった語り手が、いすの横に立って物語をしながら木の葉や枝を置く台としてもちいられる》
それなら「イス」じゃない。
川浪春香さんの『五風十雨』から。もう少し引用する。
《えーい まっか
お天道様の申し子じゃ
えぇまっかぁ とうじのまっか、
威勢がよく、歯切れのいい唄売り声に、塗師たちも顔を上げた。
「ああ、東寺のまっか売りや。そろそろ一息いれよか、井戸に冷やしたまっかがあるやろ」》
東寺のあたりは畑作地で瓜を栽培していた。ウォーターメロンマン。もう一カ所、少し時期が早いが、盂蘭盆会の亀。
《北野の観音寺の境内では、竹の筒に乗せた放し亀売りが見世を広げていた。竹の筒が胴より小さいので、亀はどんなに踠(もが)いても動くことができない。頭や足を出したり引っ込めたり、なんとか逃げようと必死だった。
「あれは放生会(ほうじょうえ)の亀や。亀ちゅうもんは、六道(ろくどう)の辻から三途の川へ泳いでいって、極楽浄土への道案内ていわれる。そやから甲羅に願い事書いて放してやるにゃ」》