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七世竹本住大夫

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高遠弘美『七世竹本住大夫 限りなき藝の道』(講談社、二〇一三年九月二日)読了。高遠氏は光文社古典新訳文庫からプルースト『失われた時を求めて』の個人訳を刊行しつづけておられる方である。それがどうして? 文楽とは?

第一章に出会いが詳細に語られている。二〇〇〇年、明治大学で教鞭を執られるようになってから観劇三昧に。そのとき丸本歌舞伎のもともとの形を確かめるために文楽へ通いはじめ、二〇〇二年五月東京公演で竹本住大夫を聴いてすっかり魅了されてしまった。

《私はこの日、住大夫の「桜丸腹切の段」を聴いてその世界のあまりに深い美しさと真実に心動かされたのですが、上述のように、それはクライマックスとも言える腹切の場面よりずっと前、そもそもの出だしからでした。運命に翻弄される桜丸や白太夫や桜丸の妻八重の心情が胸に迫り、それをあらしめているのが住大夫の浄瑠璃だと気がついた瞬間、私は自分がいまこれ以上ないほど幸運な現場にいることに思い至りました。そして、これが表現というものだ、これこそが全的な表現というものなのだと感じて、五十歳近くになってようやく義太夫の世界に開眼した喜びに浸るとともに、そこまで導いて下さった住大夫師に心から感謝していたのです。》

そしてその開眼はプルーストに対する心境にも影響を与えた。

《今私は『失われた時を求めて』の個人全訳に挑んでいますが、研究の観点と言うより、読者の一人としてプルーストの魅力に囚われるままに、その感覚を日本語でどう表現したらよいかをつねに考えるようになりました。研究論文に汲々としている頃は、プルーストを材料にしているつもりでしたが、今からするとそれはとんでもないことで、傲岸不遜ですらありました。プルーストという途方もなく大きな作家の記念碑的作品を個人全訳するには、私自身が虚心坦懐に作品の魅力を十全に感得しなければなりません。プルーストの文章に無心に素直に向かうことで、読者に何かを伝えうる翻訳になると思えたのは、すべて住大夫のお蔭と言っていいでしょう。》

具体的には

《『失われた時を求めて』は私の訳では全十四巻にもなる長大な作品で、しかも改行が少なく、一文が二十行や三十行続くことはしばしばあります。何度も読んでいるはずなのに、いざ翻訳しようと思うと、まるで迷路に入った感じがすることすらあるほどです。しかし、そういうとき、私は「基本に忠実に素直に」という住大夫の言葉を思い出します。散文の基本は論理性です。どんなに複雑に見えても、如何に錯綜しているかに思われても、プルーストの思考回路は明晰であるはずです。そうでなければ二十世紀文学の金字塔と呼ばれるわけがありません。プルーストの場合。論理性は文脈(コンテキスト)を地道に辿ることによってしか見えてこないことがよくあります。私は腹式呼吸をして精神の安定と集中をはかり、一語一語の繋がりという基本に目を向け、素直に文章の流れを自分のなかに入れ込んで、その奥に隠れていたかに見えたコンテクストを突き止めます。》

腹式呼吸は発声の基本なのだろうが、翻訳作業の基本にもなろうとは、思いもよらなかったが、それだけ精魂傾けた高遠氏の仕事ぶりが見えるような一節である。そうでなければ「花咲く乙女たちのかげにI」冒頭のあの見事な訳文はなし得ないに違いない。

恥ずかしながら文楽はTV放送でしか見たことはないが、小生は視覚人間だけに、人形に目を取られて、というかどうもあの新しい人形が好きになれずにいる。かなり前だが、姫路の博物館に古い文楽の屋台が展示してあった。これは京や大阪で発展した人形浄瑠璃が地方へ伝播してゆき、都市部では失われてしまった古格をもつ(江戸時代の面影を残す)人形や装束がかなり後まで伝えられていた、その一例だったように記憶している。ああ、こういう人形で田舎の数奇者が農閑期に一座を組んで公演したんだろうなあと、田舎を出た人間なので、そういうものにいささかの嫌悪を覚えつつ、しかし一度演じるところを見たいなあと本心で思ったのである。また、一時期、ラジオを聴きながら絵を描いたいたときに義太夫語りに行き当たったことがあった。これが良かった。だから文楽劇場へ行こうというふうにならないところが、愚かしいところなのだが。

佐野繁次郎のことを調べていると、佐野を援助した親戚に芝川照吉がおり(これまでにこのブログでも何度か取り上げているが)、芝川の父の木谷伝次郎は浄瑠璃語りの名人と言われた五世竹本弥太夫、弟は近松研究で知られる木谷蓬吟、その妻が日本画家の木谷千種だったことを知った。木谷蓬吟が父のことを中心に浄瑠璃について書いた書物を読んでみると、幕末から明治にかけていかに義太夫語りが非常なる人気を博していたというのがよく分かった。劇場もいたるところにあり、セミプロみたいな義太夫フリークが大勢いて自前公演のために財産を傾けるということもあったようである。黄金時代というのはそういうものである。

本書のテーマはむろんタイトル通りに七世竹本住大夫がいかなる名人であり、いかようにして名人になったか、を叙述する住大夫讃歌であることは間違いないけれども、その裏返しのように随所に住大夫亡き後の文楽がどうなるのか、という危惧がくり返し語られている。大阪府や大阪市が文楽への補助金を減額したことにも触れられているし、文楽の前途が暗澹たるものであると思わざるを得ない。

《しばしば現在の太夫について手厳しい意見を綴りました。それは住大夫師がこれだけ真摯に浄瑠璃に取り組んできた事実とその重さを改めて認識することによってしか、文楽の未来はないのではないかと思われたからです。いまだし、と思ったときはそれを率直に言わないと太夫の成長はないのではないでしょうか。文楽という、日本が誇る文化を発展的に継承してゆく太夫が一人でも二人でも輩出することを心から祈っています。》

高遠氏の祈りが通じますように。と祈っているばかりでは駄目なのだが、大衆文化は変遷するのが当たり前であるとも思われるのである。

そうそう、住大夫讃歌も読み応えはあるが、いちばん気に入ったのは「野澤錦糸インタビュー」、これは失礼ながら、面白すぎる。錦糸師匠は人形浄瑠璃の三味線方、昭和三十二年生まれ。

《編集部 終わった後、くるっと回って、今日はいい演奏ができたとか、そういうふうには思われないのでしょうか。
錦糸 思わない。比較的今日は何も考えずにやれたなぐらいで。いい演奏なんて、何をもって自分の中でいい演奏なんですか。僕がそこにいて自分の三味線を聴いているわけじゃないですから、そんなのわかんない。
編集部 それはお客さん自身に決めていただくということですか。
錦糸 そりゃ、そうです。
編集部 無心に近い状態でしょうか。
錦糸 無心というのは一遍だけある。なぜか無心でやれたというのが、住大夫師匠とやらせてもらって一日だけある。そのときは気がついたら終わっていた。でも、それが結果的にいいのかどうかはわかんない。》

いいですねえ、この語りぐさ。昭和三十二年生まれ、暗澹のなかのこれは光明ではないだろうか。

もうひとつ、浄瑠璃の瑠璃は《とくに青い宝玉で、瑠璃のごとく透き通った浄らかなるその世界にはあまたの菩薩が住むと言われ、「浄瑠璃」は仏教語で、「清浄なるもの」の譬えにもなっています》と本文で説明されているが、高価なブルーの絵具にラピス・ラズリというのがあって、このラピス・ラズリが「瑠璃」だとどこかで読んだ記憶がある。もちろん小生の絵具箱にはございません。
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by sumus_co | 2013-09-11 21:54 | おすすめ本棚
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