
組見本帳のついでにこちらも印刷関連の一冊、黒瀧慎三郎『インキと印刷』(東京インキ、一九二四年一二月二五日)を取り上げて見る。大正十四年だというのにタイトルが左から右へ書かれている。ただし奥付は右から左に横書きになっているが。
東京インキの前身は博文館印刷所の練肉部(明治二十八年創立)とのこと(本書の印刷も博文館印刷所)。大正五年、豊島区巣鴨に印刷インキ製造を目的とした合資会社日本油脂工業所が設立され、同十二年にそれが東京インキ株式会社となった。田端と巣鴨にもった工場も戦災で失ったようだが、戦後いちはやく復興し現在も盛業中である。(同社HPによる)
黒瀧慎三郎は東京インキ技術部長。他に『印刷・筆記用インキ製造法』(誠文堂新光社、一九三六年)の著書もある。
《蓋し、著者の本書に於て望みし所は、インキ技師と印刷業者諸君の簡潔にして要領を得たる参考書たらしむるにあり》
《要はインキ技師が彼の造るインキの一缶一缶が如何なる機械に懸けられて然して如何なる結果が得られる迄を充分に飲込んで居ると云ふ事が肝心で、亦印刷業者も其の使用する印刷インキが如何なる原料と方法で製造されて、如何なる特徴を有して居るか、此の印刷インキは斯う加工して使用すれば最も使ひ易くする事が出来ると云ふ事迄を詳細に知悉して居る事が必要で、製造者と使用者双方に此の考えがあつてこそ始めてインキ技師と印刷業者との間に技術上に於る意志の諒解が出来、従て比較的優秀なる印刷インキを印刷業者に提供する事を得る。》
要するに、インキは生き物である、質が悪いとか、値段が高いと文句を言う前にちゃんとした使い方を覚えてくれよ、とインキ製造者・黒瀧としては訴えたいようだ。当時の日本はいまだ上質な製品を造ることができなかったらしい。
《翻つて、吾国の斯界を看るに未だ見るべき製品少なく研究時代なりと称するも敢て過言に非ざるべく、故に之が製品も欧米製品と、比肩し得るものたらしむるには、印刷業者は印刷インキに多少の欠陥を看出すとも、之を直ちに製造業者に返却するが如きことなく、如何にせば満足に適用し得るかを充分に考究し、一方印刷インキ製造業は如何にして印刷業者に対して優良なる印刷に適するインキを供給し得るかを研究し、両々相俟つて優秀なる製品を製出することが、実に現在に於ける最大の急務であると確信する。》

インキは知らないけれど、大学時代に絵具の製造工場を見学したことがある。マツダ絵具(松田油絵具株式会社)の工場だった(ということは埼玉県狭山市だったわけだ)。顔料と油脂を混合する機械があったのを覚えている。
また、一時期、画学生たちの間で、自分で絵具を造るというのが流行した時代もあった。大理石のパレットに顔料を出して、油を徐々に加えてガラスの練り具で混合してゆく。これも凝り出すとキリがなく、はっきり言って、絵なんか描いてる場合じゃないのだ。友達がやっているのを見て「おれはやらんぞ」と思ったのであった。