
漢詩集の写本を求めた。題簽がほとんど読めない。ただ、巻末に奥付的な覚え書きがあって、それと考え併せて表題は『明理詩集』としてよいであろう。弘化二年(一八四五)の夏から秋にかけて成ったもののようである。五言絶句ばかり百五首が収められている。
詩の内容はご覧のように、柳下坐、夏夜、谷上花、遊松下、夏山、遊水、深山、憂酒、夏深、月夜、夏月、谷深、遊山上、遊愛宕山……と山や川で遊んでは酒をくらってばかり。「愛宕山」とあるから作者は京住まいだろうか。「望天星少夜名月出東山」という表現も出ている(東山は単に東の山かもしれないけれど)。また「竹林酌酒飲酔向南風眠 水冷声蝉静西山微日憐」ともあって、西山に竹林の多い山城国に符号するようにも思える。
ただし「北海」「山青々海緑見谷多花紅」などの語句からして海が比較的近い場所に住んでいたととれるところもあって、そうだとすれば京都とは考えにくだろう(あるいは単純に観念的な詩的用語かもしれない、全体的にそういう常套句の多い作風である)。

弘化二年に何があったかというと、二月に老中水野忠邦が辞職(天保の改革の失敗)、イギリス船が琉球にやって来た(前年にはフランス船が来航しオランダ船が国書を持参していた)。江戸城本丸が落成(前年、火災により焼失)。高野長英が脱獄。幕府は崩壊へ向かって一直線に進んでいた。
そんな激動の時代にこんなのんきな詩集が写されていた。もっとも、のんきな詩集でなければ、書けなかったということもあるのかもしれない。