
『第22回東急東横店 渋谷大古本市』目録が届く。この古本市、発送は代引きのみなので注文する気持ちがしぼみがちなのだが、それでも一応はハラハラとめくって、探し物が出ていないかをチェックする(と言っても、何を探しているのかは小生もよく分らない、チカッとするタイトルがないかなあ……と)。
するといきなり巻頭カラー頁に「諏訪優関係資料一括」および諏訪優旧蔵書と思われるものが掲載されていて、ギョギョっとした。以前このブログでも少しだけ言及したケネス・エル・ボードワンによる「アイ・ポエム」作品も出ているではないか。雑誌などから切り抜いた文字によるコラージュ詩である。
洪水 第3冊 Kenneth Lawrence Beaudoin (1913-1995)
http://sumus.exblog.jp/10168430/
諏訪優については『彷書月刊』299号(二〇一〇年九月)の目録頁で石神井書林さんが見事な回想を執筆しておられるので、先日の鶉屋目録に引続いて度々の引用で申し訳ないが、以下に転写してみる。
《諏訪さんは、田端にあった六畳一間の学生下宿に住んでいた。壁の全面を黒い布で覆っていて、そこにギンスバーク(だったか)のポスターが貼ってある。まるでジャズ喫茶のようだった。
本宅は練馬だったが、その頃は一人暮らしだった。ちょっとしたお金が必要になると(たとえば展覧会の案内状の送料とか)、「少し本を見てよ」と呼び出されるのだが、評価も何もない。その「送料」を申し上げるしかないのだ。
学生時代、仲のいい友人が田端に住んでいて、私には馴染みのある街だった。諏訪さんは昼から水割りを飲みながら「ウチボリ君のお店、やっていけそう?」と優しい笑顔で心配してくれる。私の答えはいつも同じだ。「スワさん、人のこと心配してる場合じゃありません」。
帰り際になって、「そうだ、これを上げようと思っていたんだ」と、自分で綴じた自筆の一篇詩集とか、絵と俳句を書いたポストカードだとかを持たせてくれる。ああいうのが諏訪さんのダンディズムだった。
何年かして、諏訪さんは谷中のマンションに引っ越した。今度は二人暮らしだった。大きな窓があって、ずっと下に何本も線路が見えた。そこを終の棲家にして諏訪さんは一九九二年に亡くなった。》
歿後二十年を経て、旧蔵品の核心的な部分が古書の世界に現れた。