久方ぶりの佐野繁次郎資料。『文藝』昭和三十年九月号(河出書房、一九五五年九月一日)を頂戴した。御礼申し上げます。上は銀座特集の記事に添えられた佐野のカット(一番上は自画像)。下に目次を掲げておくが(目次の挿絵も佐野である)、執筆陣は新旧とりまぜて手堅くまとめている感じが強い。
なかでは、個人的な好みとして石塚友二「若き日の横光利一」が良かった。東中野に住んでいた時代の横光の生活を彷彿とさせる。菊池寛と袂を分かったと文壇的には見なされていたが、その実、菊池は横光に毎月二百円を補助していた。石塚が覗き見た横光夫人(病没する)の家計簿(それは雑誌『婦女界』の行間につけられていた)からそれが判明するという話。
銀座特集では東郷青児「銀座放浪記」が面白すぎる。カフェー年代記にもなっているし、これは貴重な文章だ。青山二郎の「銀座酔漢図絵」は青山人脈を例の独特の筆致で描いたもので、むろん文集に収録されている(ということは読んでいるはずだが、すっかり忘れて、面白く読了)。それに較べれば岡本太郎の「モンマルトルと銀座」は凡庸すぎていただけない。
その東郷青児と岡本太郎の確執について「文芸往来・美術 二科の小爆発」というゴシップ記事が載っていた。《二科を私物化していた東郷の番頭格であった三人》高岡・野間・鈴木の三人が二科を脱退して一陽会を結成したことから始まり、《抜け目のない東郷も、数回にわたる会員総会の席上、岡本太郎の猛烈な攻撃と糾弾をうけて遂に退陣》(岡本太郎……爆発だ!)、《いままで二科にいてもいなくても同様であり、別に二科の看板が無くても堂々と通用する岡本がのり出した以上、かれの胸中には遠大なる計画が描かれていることだろう。かれの登場によって恐らく、画壇の地図は一変するかもしれぬ。》と続く。


「人道の英雄」は少々キザったらしい加藤周一(《四年間の欧米遊学を終えてこの春帰朝した新鋭》!)の小説仕立てのパリ報告。パリで知り合った北欧美女がシュバイツァー(S博士)の病院へ奉仕に行くが、シュバイツァーの現実に接して人が変わったようになって帰って来た、という出来事を自身のパリ生活を織り込みながら描いている。モロッコ問題など、一九五〇年代のパリおよびフランスを取り囲む状況については、実感をともなってうまく伝わっていると思う。