
早いものでもう五年になる。湯川さんの写真も小生の手許にはもうあまりないので、ちょっと不鮮明だが、コーヒーを(となりの店に頼んだ)わざわざ運んできてくれる珍しいショットを掲げておく。京都での最後の事務所である。(当時をご存知の方からこれは湯川さんではないのでは? という疑問をいただいた。記憶では湯川さんが運んでくださったと思うのだが……。ちょっと記憶に対する自信がゆらいでいます)

昨年入手した辻邦生『北の岬』(湯川書房、一九六九年二月二八日)。湯川書房の処女出版。証券会社に在籍しながら小川国夫の『心臓』(一九六九年八月一〇日)と二冊を刊行した。
気合いの入った一冊だと思う。ただ、今、ざっと読んでみて、この本文用紙はめくりにくく、読み難い。判型もA4なので、辻の小説には適当だとは思えない。意欲が少し空回りしているような感じがする。

悪い作品ではないかもしれないが、処女出版ならもっと他に何かあったろう、とも思う。これは湯川さんの趣味の問題であるから、善し悪しは別だ。とは思いつつ、案外(というか相当に)ミーハーなところもあった。それもまた湯川さんの魅力のひとつかもしれない。
《「私はセーヌ街で生まれましたの」アンドレ修道女はしゅしゅと言いながら早口に喋った。「私の思い出はブッチの辻、アンシャン・コメディ街。ああ、オデオン。思い出すわ、私よく鞄をかかえてダントンの銅像の下をかけていった。朝は、あの辺は大学生で賑やかだった。どのキャフェも満員で、私はオデオン座のそばの小学校にいっていたの。新学期になると、霧が出て、リュクサンブール公園のマロニエは黄葉して、教室から霧の向こうにソルボンヌの青い丸屋根とパンテオンの大ドームが見えていた。それにセーヌ街の賑やかだったこと。買物籠にいっぱいの野菜や肉を盛りあげた主婦たち。物売りの叫び。ああ、それに鬚をつけた美術学校の学生たち」アンドレ修道女の声はいくらか上ずりはじめていた。》
《「ああ、マリー・テレーズ。私、私、パリを見たい。そうよ。一眼でいい。いまパリが見たい。冷たい霧や、黄葉する林の中に立ちたい。ああ、ばかげたことね。いいえ、そんなこと、いけないわ、でもパリが見たい。パリが見たい。パリが見たい。》
主人公と船中で親しくなった修道女のマリー・テレーズがサイゴンに停泊したときに旧友のアンドレ修道女を訪ねた場面である。この長い台詞がいちばん印象に残った。ここで言及されている界隈はパリの中心街、下町と言っていいだろう、このブログでも取り上げて来た。先日の
コメルス・サンタンドレ小路(オデオン)あたりもこの修道女が回想しているような雰囲気だったに違いない。
リュクサンブール公園(パンテオンの大ドームが見える)
http://sumus.exblog.jp/17243685/
セーヌ通とビュシィ通
http://sumus.exblog.jp/13072062/
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これまで湯川さんと湯川書房について言及した主な投稿を列挙しておく。
湯川成一と湯川書房ゆかりの美術家たち
http://sumus.exblog.jp/12890333/
セントパトリックスデイ
http://sumus.exblog.jp/9126060/
私の本作り
http://sumus.exblog.jp/11102563/
湯川書房・湯川成一の肖像
http://sumus.exblog.jp/12065035/
珈琲ヲ飲ム礼法
http://sumus.exblog.jp/9687879/
インドの犬(装本=加川邦章)
http://sumus.exblog.jp/12130536/
蜘蛛の巣
http://sumus.exblog.jp/7433895/
書物の肖像2002展
http://sumus.exblog.jp/14394187/
湯川さん一周忌
http://sumus.exblog.jp/11491863/
孔雀忌と名づけてみたり細き帯
http://sumus.exblog.jp/13580261/
水雀忌
http://sumus.exblog.jp/15924923/