
バティニョル墓地へブルトンの墓を見に行った。二〇〇八年以来二度目。
Cimetière des Batignolles
http://sumus.exblog.jp/13000205/
ヴァヴァンからだと、歩きも含めて片道一時間ほどかかる。ほぼ一日つぶれた。前の時には枯れた花が放置され、苔もはびこっていたが、今回、墓石は清められており、小ざっぱりとした感じだった。
そういうこともあって『狂気の愛 L'AMOUR FOU』(COLLECTION METAMORPHOSES III,GALLIMARD, 1945)を求めた。初版は一九三七年にガリマールから出ている。これはさすがに高額で手が出ないけれど、四五年版は部数が多かったのだろう、案外と安価だった。

マン・レイ

こちらもマン・レイ

アンリ・カルチェ・ブレッソン(図版は写真全体の右半分だけ)

ロジ・アンドレ(Rogi-André)

そしてブラッサイ。他にドラ・マールの写真も掲載されている。

テキストについては松岡正剛「
アンドレブルトンの「狂気の愛」」をお読みいただきたい。《この著作は、「ナジャ」「通定器」「狂気の愛」と続く、 3部作と呼ばれ、最高傑作と呼ぶ人もいる。 》だそうだ。
毎回、パリ滞在の度に誰かの伝記か自伝を買って読んでいる。今回は書店主であり出版人だったジョゼ・コルティの『取り散らかった回想 José Corti - Souvenirs désordonnés(…-1965)』(10/18, 1983、ジョゼ・コルティ版もあったのだが、ポケット版を買ってしまった、安かったので…)を読むことにした。ただ、どうも文章が読みづらい。まだ途中までしか読めていない。もし読了できれば改めて紹介するかもしれない。
コルティは初期のシュルレアリストたちの本や雑誌の出版に関わった。ブルトンとも古い知り合いである。なるほどと思ったのは晩年のブルトンが執筆から遠ざかった理由について考察している箇所である。下手な訳で申し訳ないが、
《教義や、政治や、魔法から逃れているのは、女性との出会いがそれぞれの著作の源にあるからだ。『ナジャ』から『自由な結合』まで、『空気と水』そして『狂気の愛』のヴァランティーヌからジャックリーヌまで》
《ジャクリーヌ・ランバが最近私に語ったように、別の女の闖入が必要だった。新しい情熱は新しい著作に匹敵したのである。》
というように、ブルトンの創作の秘密(というほどでもない、案外、単純な、そして普遍的なこと)について種明かしをしてくれている。ブルトンの女性遍歴については以前にも書いたことがある。
美は痙攣であるかないか
http://sumus.exblog.jp/15421202/
結局、娘オーヴをもうけたジャクリーヌ・ランバとも別れて、ブルトンの墓にいっしょに眠っているのはエリザ・クラロである。