
たいへん珍しい宇崎純一の装幀本を頂戴した。むろんこれまでの装幀本リストには出て来ない。ただし珍しいのはそれだけが理由ではない。
この表紙、見ての通りタイトルは『少年少女不思議なお伽』となっており、背に《巌谷小波著》と金箔押しで印刷されている。検索すると「日本の古本屋」で一冊ヒットした。それによれば、弘文社、昭和三年発行、初版函付。また国立国会図書館サーチによれば公共図書館および福岡県立図書館にもそれぞれ一冊所蔵されている。公共図書館本は一九三〇年、東京、弘文社発行。重版か。
どうしてこんなことを調べたかというと、本書には奥付がないのだ。初めは破り取られたのかと思った。しかし、よくよく見ると、どうもそうではないらしい。それより何より、本文が巌谷小波でもなく『少年少女不思議なお伽』でもないのである。要するに、表紙と見返しを別の本に貼付けてあるのだ。
本体の方は初島順三郎『小雀三羽』(童話新集第10編、中村書店、一九二一年)であった。

大正十年から十一年にかけて初島は童話新集のシリーズを少なくとも十八編刊行している。他には昭和二年に『山羊のお母さん』『お庭の柿』『鶏の時計』『烏のお詫び』が出ているが(すべて中村書店)、それ以外については不明である。
本書のなかに「京都見物」というお話が収録されているので、いちおう目を通してみた。田舎者三人が京都見物に出かける。本願寺の本堂上がり口に立て札があった。
《と、見ると、その札には「波きものぬぐべし』と書いてあります、平三は考へたが、波の字がよめません、けれども読めないなどと云ふことは、今まで威張つてゐた自慢の鼻を曲げることですから、
『ウン、これはその、きものぬぐべしと書いてあるのだ。』》
ということで三人は裸になって本堂へ上がろうとして巡査に捕まり、理由が分かって大笑いになる。一休とんち話に出てくるギナタ読み(弁慶がな、ぎなたをふり回し…)のパロディである。
「ここではきものをぬぐべし」
(ここで、履き物を脱ぐべし)
(ここでは、着物を脱ぐべし)
それにしても本書、どうして羊頭狗肉本になったのか? 読者による手製本であることは間違いないようだが、表紙が気に入っていたのか、本文が気に入っていたのか。両方気に入っていたから、くっつけてしまったのか。あるいは……(可能性にはキリがないので、あとはご自由に)。