
「
芝川照吉コレクション展 青木繁・岸田劉生らを支えたコレクター」を京都国立近代美術館で見た。
芝川については佐野繁次郎の親戚であり、青年時代の佐野を可愛がり、影響を与えた人物としてこれまで何度も紹介してきたので繰り返さないけれども、展示内容は非常に良かった。岸田、青木はもちろん、富本憲吉がたくさん出ていた。工芸家の藤井達吉の重要なパトロンであったため芝川は藤井作品も多数所蔵していた。なかでは染織品が目立っていた。
駒蔵と照吉
http://sumus.exblog.jp/9694202/
芝川照吉コレクション(大阪市立美術館)
http://sumus.exblog.jp/9445855/
白樺派の画家たちと芝川照吉
http://sumus.exblog.jp/10769431/
芝川ビル
http://sumus.exblog.jp/9812311/
図録は用意されていなかった。出品目録だけ。渋谷区立松濤美術館で二〇〇五年に開かれた芝川照吉コレクション展の図録がほぼ完璧なできばえだったので、期待はしていなかったものの、少し物足りなかった。
驚いたのは常設展示である。いつも見慣れたモンドリアンやルドンもいいが、シュルレアリスム関連作品と資料(デュシャン、マン・レイ、シュヴィッタース、ハンナ・ヘッヒら)がまとめて中央入口側の四角部屋に並んでいるのも久し振りで嬉しかった。また村上華岳が、回顧展かと紛うくらい多く出ていたのも、予期しない目の正月だった。
また、いつも写真の展示場になっている奥の中央の長方形の部屋(ふつうは二つに仕切って別傾向の写真展示に分けている)が野島康三の虫干し展覧会になっていたのは有り難かった。「
生誕120年 野島康三展——ある写真家が見た日本近代——」(京都国立近代美術館、一九九七年)を見逃していたので、こんなに沢山の野島作品に接したのは初めて(一九九四年に京近美へ寄贈されたコレクションである)。凄い。草土社と民芸と新興写真をつきまぜるとこうなりました、と言ってしまっては身も蓋もないけれど、そういったスタイル云々を乗り越えた野島自身の存在感が暑苦しいくらい発散されている。いろいろな意味で、ギリギリの感じがたまらん! 一階のショップで図録を購入してしまった(一九九七年のときのもの)。
新聞広告が頻繁だったためか、芝川照吉コレクション展の観覧者は思ったより多かった。けれども、ゆっくり鑑賞するのに邪魔になるほどではなく、それも有り難かった。
そうそう、七十歳くらいの女性が、ミュージアムショップで野島康三の葉書を買っていた。その女性はレジの女性に向かって
「この絵葉書の作品は展示されていましたか?」
と尋ねた。木立のなかを手をつないで歩く親子を背後から撮影した作品である。
「出ていると思いますけど……」
レジの女性は手許にあった常設展示の出品目録をめくっていたが、はっきりしないようだ。
「出ていると思いますよ。どうぞもう一度展示場へお出でください。半券を見せれば入っていただけますので」
小生もその作品が出ていたかどうか記憶がなかった。出ていなかったかもしれないなと思った。それにしてもレジの女性は目録を見たのにどうして確答できなかったのだろう?
いぶかしく思ったまま帰宅して、今、同じ出品目録(プリント状のもの)を調べてみて分かった。多くの作品が題名不詳なのだ(親子の写真も)。これでははっきり答えようがないはずである。