
「MISUZU CALENDAR 1991」(みすず書房)を入手した。表紙に少し汚れがあるが、その分安買ったように思う。八点の作品を収録。ペン画、水彩、バーント・ドローイング、デカルコマニーなど瀧口のテクニックと表現の幅を味わえるようにうまく案配されていると言えよう。この年から一九九八年にかけてみすず書房は『コレクション瀧口修造』を発行するのだから、ある意味、当然のカレンダーである。

表紙裏に瀧口のエッセイ「私も描く」(初出は『芸術新潮』一九六一年五月)が再録されており、これがまた、描くという素直な衝動が伝わってくるいい文章なので嬉しくなる。
《昨年(一九六〇年)三月、私はふとスケッチブックを買ってきて机の上に置いた。
私はだいたい書くことが遅く、いつもブランクの原稿用紙が机の上にくるしそうに身をさらしていることが多い。そんなときに、このマス目のある紙と、スケッチブックの白紙との対照はいかにも印象的である。そのようなある日のこと、私のなかにくすぶっていた欲求のひとつが身をもたげてきたらしい。
文字ではない、しかし何かの形を表そうというのでもない線、この同じ万年筆を動かしながら、ともかくも線をひきはじめた。最初はただの棒線であった。それから、どこか震えるような線、戸惑う線、くるしげにくびれ、はじける線、海岸線のように境界をつくろうとする線、つっぱしる線、甘えるような線、あてのない、いやはや他愛のない線、そんなものが幾冊かの帳面を埋めた。》
《先日サム・フランシスは私の「作品」を見るなり「自画像!」といったものである。
この簡潔な評語。それは私自身よりもよくもなければ、わるくもないという意味にもとれるだろう。ぶ厚い絵画の壁が私の前にひしめいている。臆せず手を動かそう。前進しよう。行動の自由。ごく小さな行動でも「自由」が必要である。》
一九六〇年三月、瀧口は五十七歳である(正確には五十六歳ニヶ月余)。奇しくも現在の小生とほぼ同じ年齢。まだまだ、何だってやり始めるのに遅くはない、ぞ、と(自らに言い聞かせる)。
東京 ローズ・セラヴィ
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私の心臓は時を刻む
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橄欖 第二号
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海外超現実主義作品集
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瀧口修造の光跡 I「美というもの」
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