
アスタルテ書房で『彷書月刊』(弘隆社)を一九九三年と九四年の発行分のなかから十三冊ほど買ったのは昨年末だった。あまりに安かったのと、小生が本格的に『彷書月刊』に関わるのは二〇〇〇年に入ってからなので、その頃から終刊までは揃っているのだが、九〇年代は歯抜けのようになっている(創刊号〜十号は持ってます)。それで思わず買い占めてしまった。
その九四年の一月号と二月号に100号特集として山口昌男、関井光男、坪内祐三の三氏による鼎談「奇人たちのコスモロジー」が掲載されている。鼎談といっても司会は内堀弘、補佐は高橋徹、編集部は田村芳治、鈴木恵理子という『彷書月刊』山脈。山口氏はここで奇人として淡島寒月に何度も触れてそのネットワークを高く評価しているのが目立つ(
寒月の追悼会は大阪でも開かれたということはこのブログにも書いた。寒月はそのくらい幅広いネットワークをもっていた)。
三人の人物紹介(田村さんによる)が初々しいので引いておく。
山口昌男《知の大魔王ぶりを古書の世界でも発揮されています》、関井光男《文化の掘りおこしを画策する博覧強記の仕掛人》、坪内祐三《アメリカ文学が専門らしいのですが、以前は〈東京人〉の編集。このところ週刊朝日の書評欄でも活躍、山口さんとの弥次喜多で、古書の世界にも潜入。本号より、新連載をいただいております》。
新連載は言うまでもなく「極私的東京名所案内」。山口昌男がいつ頃『彷書月刊』に登場したのか総索引を開いて見た。八九年八月号「西田幾多郎とメイエルホリドの間のエノケン」が最初のようだ。九二年一月号に「あの頃読んでいた本」、八月号と九月号に「眠れる書物の森の人々」1と2。九三年八月号の「本の魔界はおもしろい」では関井氏と対談している(司会は内堀さん)。次いで九三年十月号に坪内氏が登場「結城禮一郎のこと」。この頃から『彷書月刊』山脈に山口・坪内コンビが連なったのだろうかと推測できる。
高橋徹『古本屋月の輪書林』(晶文社、一九九八年)には一九九六年六月『彷書月刊』に掲載された「古河三樹松散歩」解体日記が再録されており、つぎのようなくだりがある。
《山口昌男さんからFAX注文。A3にびっしりと書きつけられた目録番号をみてしばし感慨にふける。想えばこの三年半にわたる山口さんとの格闘が古本の面白さを私に教えてくれた。感謝。これで、また本が買える。》
古河三樹松散歩と題した古書目録を月の輪書林が発行した。その目録に対する山口氏からの注文が凄かった。三年半ということは一九九三年の初め頃からの付き合いということか。

神蔵美子『たまもの』(筑摩書房、二〇〇二年四月二五日)にたしか山口氏と坪内氏のツーショットがあったと思って探し出した。
《上野に展覧会を観に行く途中、神保町で山口昌男さんにバッタリ 1999年8月28日》
路上で出会って、いきなり持っている本を見せ合う……神保町ならでは(?)のいい光景である。個人的にはお会いしたこともなければ、お見かけしたことすらないが(著作は何冊か読ませていただいた)、ご冥福をお祈りしたい。