
アキ・カウリスマキ監督の映画「
ル・アーヴルの靴みがき」(一九一一年)のDVDを観た。全編ほぼフランス語、舞台もフランスの港町ル・アーヴルのはずなのだが、どうみても撮影はフィンランド(ときどきフランス)。いかにもアキ・カウリスマキ好みの色彩に塗込められた珍作と思う。
初老の靴磨きは密入国のアフリカ人少年をかくまう。と同時に愛妻が不治の病を宣告される(といっても夫には内緒にするのだが)。靴磨きマルセル・マルクス(アンドレ・ウィレム)は当局の目を盗んで少年を母のいるロンドンへ送り出そうと画策する。というような筋書き。
上の場面は近所のパン屋のおばさんとバーのマダムが妻(カウリスマキの映画でおなじみのカティ・オウティネン、さすがに外国人の妻という設定)を病院に見舞って朗読をしているところ。病人に読んでやるにはややこしい文章だなあ、誰の作品だろうと思っていると、つぎのような画面になった。

『フランツ・カフカ 小説集』とフランス語で書いてある。ま、これもフランスの本には見えないけれども、ちょっと検索してみた。いろいろ試みたがこのタイトルのフランス語訳は見つからなかった。だからといって架空のものだとも即断はできないけれども。
パン屋のおばさんが病室で読んでいた「町の連中ときたら眠らないんだ」はどの作品か? 「小説集(小説の複数形)」だから短編集だろうと見当をつけて、検索してみると、こちらは案外簡単に『観察』のなかの「国道の子供たち」だということが分った。架蔵の本野亨一訳(角川文庫、一九六三年)ではこうなっている。
「あすこには、いいかい、ねむらない人間たちがいる!」
「なぜ、ねむらないのだ?」
「疲労しないからだ」
「なぜ、疲労しないのだ?」
「ばかは、なぜ、疲労しないのだ?」
「ばかが、疲労してたまるものか!」
『観察』はカフカ自身が編集した初の作品集。最近では吉田仙太郎訳『カフカ自撰小品集』(みすず書房、二〇一〇年)に『田舎医者』『断食芸人』とともに収められている。いちおう原文も掲げておく。『BETRACHTUNG』(Verlagseinband des Erstdrucks, 1912)より「Kinder auf der Landstraße」の最後の会話。
»Dort sind Leute! Denkt euch, die schlafen nicht!«
»Und warum denn nicht?«
»Weil sie nicht müde werden.«
»Und warum denn nicht?«
»Weil sie Narren sind.«
»Werden denn Narren nicht müde?«
»Wie könnten Narren müde werden!«
映画のラスト、これまた奇想天外な終わり方だった。