
「紐育土地建物株式会社」のパンフレット。同社は資本金二百万円、ニューヨーク市のシンガービルディングに本拠を置く。社長は岡本米蔵、副社長ジョン エ・ループ(JOHN A.LOOPE)。営業要目は《紐育市の郊外、主として『ニウジヤージー』州に於ける山林田園の売買》、道路・電気・電話などの敷設、住宅の建設、地所家屋の管理ならびに信託業務、所有権証明書の発行である。
検索してみると、岡本は《邦人向 “海外不動産投資ファンド" の創始者》(小川功)であり、その会社は《国際的な詐欺師が設立した投資シンジケート》(田原総一朗)だったという。一方で、出身校、兵庫県立神戸商業学校(現・神戸商業高等学校)の卒業生案内には《
岡本米蔵 ニューヨーク土地建物社長・日本のカーネギー》ともある。大正時代には実際そういった喝采を浴びたらしい(
村上由美子『百年の夢 岡本ファミリーのアメリカ』新潮社、1989年)。著者も多く『牛』はベストセラーになったという。
紐育市内外の地所 博文館 明45.1
牛 博文館 大正4.
箪笥 博文館 大正6.
修学行商日記 培風館 大正7.
句仏上人百詠 培風館 大正7.
我か往く処 培風館 大正8.
株式会社岡本洋行趣意書 培風館 大正8.
薔薇香 培風館 大正9.
米国事情 紐育土地建物会社静岡出張所 大正11.
このパンフレット(本文二十四頁)の巻末には『紐育市内外の地所』の広告が掲載されている。刊記はないが、おそらく明治四十五年か、それに近い頃の発行ということになろう。当時のニュージャージー州はこんな田舎だった。林檎の木の下に立っているのが岡本その人のようだ。

要するに、ニューヨークは市内の土地価格が世界一高いにもかかわらず、隣接するニュージャージーには鉄道も道路も直通していないため土地価格は馬鹿みたいに安い、今が買い時ですよ、という勧誘なのである。もうすぐハドソン河に橋かトンネルができますよ、と。
明治四十四年でニューヨーク市内が一坪62,390円のところニュージャージーなら0.40〜0.80円だという。当時の大阪の地価は一坪1,000円ということになっている。円ドル交換レートはこの冊子によれば1ドル2円である。資本金200万円が100万ドルと表記されている。
第一次世界大戦で漁父の利を得ることになる日本がこういうバブリーな投資をしたのだろうという実感が、この薄いけれどもけっこう豪華なパンフレットからひしひしと伝わってくる。