
架蔵の細川叢書、メリメ『イールのヴィーナス』(杉捷夫訳、細川書店、一九四七年八月二〇日)。Makinoさまより以下のような質問メールを頂戴したので取り出してみた。
《佐藤春夫『美しい町』(細川書店・1947年・非売品)を入手しました。フランス綴じの美しい本で、本文の紙質、印刷、活字・レイアウトも申し分ありません。裏表紙には「Ne se vend pas」と空押しがしてあります。敗戦直後にこんな洒落た本が出ていたとは驚きです。「細川叢書5」としてありますが、この叢書について、何かご教示いただければさいわいです。》

細川叢書および細川書店の岡本芳雄については曾根博義『EDI ARCHIV 3 岡本芳雄』(エディトリアルデザイン研究所、一九九七年)が詳しい。また拙著『古本デッサン帳』(青弓社、二〇〇一年)にも一文を収めているのでご参照あれ。かいつまんで岡本芳雄の略歴を掲げておく。
大正元(一九一二)年一〇月二日高知県に生まれる。五歳のとき母とともに北海道へ。十八歳で上京。新聞店に住み込む。二十一歳、旭川歩兵第二十八聯隊第一中隊に入隊。満州へ。翌九年帰国。十年、日大芸術科夜間部に入学、創作を伊藤整に学ぶ。軍隊小説を発表。十二年、充員補充で応召。大陸へ。細川武夫と知り合う。十五年帰国。学芸社に勤めるかたわら小説を執筆。十八年『山襞』(洸林書房)、十九年『冬陽』(肇書房)を刊行。昭和二十一年、細川武夫とともに細川書店を創業。昭和二十九年閉業。五十五年友人等と同人誌『疎林(遡河に改題)』を創刊。六十三年『流亡』(遡河詩社)、平成三年『山河抄』(遡河詩社)を刊行。平成七(一九九五)年一月二十六日肺炎のため死去。
八年間の活動期間において細川書店は初刊本七十六冊を数え、各版ごとに挟み込まれた栞「細川だより」は百一号にいたる。天野貞祐『生きゆく道』(一九四八年)が唯一のベストセラーで十万部出たという。
細川叢書は全十二冊。愛書家の間では根強い人気がある。野田書房のコルボオ叢書を模範としたそうだが、時代も趣旨も違い過ぎてコルボオ叢書とは較べられないように思う。
《国民は活字に飢えている一方、用紙、ことに洋紙の調達がきわめて困難で、諸物価の騰貴も予測がつかない。そういう厳しい条件の下で、無駄を省いた、しかも美しい「純粋造本」を目指したところに細川書店の苦心があり、面目があった。コルボオ叢書が『伊豆の踊子』を除いてすべて初版本だったのに対して、初版本にこだわらず、すぐれた作品であれば再刊本でもよしとしたこと、限定部数を増やしたこと、和紙を有効に使ったことなどに、状況の違いを考慮したその特色がうかがえる。》(『岡本芳雄』より)
この叢書には後に独立して雲井書店を興す雲井貞長も関わっていた。

「Ne se vend pas」(非売)というのは会員制で頒布していたため。A会員版(署名入り限定本)とB会員版があり、部数は二千。ただし会員制も部数制限も途中から撤廃されたらしい。
敗戦後間もない出版物としては意地を示した見事な仕上がりだと思う。
伊藤整『感傷夫人』(中央公論社、一九五六年)、装幀=岡本芳雄
http://sumus.exblog.jp/6199746/
ウィリアム・モリス『理想の書物』(庄司浅水訳、細川書店、一九五一年)
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