
フィリップ・ラマンティア詩集『シャスタ』(山内功一郎訳、Meltemia Press、二〇一二年)を頂戴した。メルテミア・プレスには既刊書として
マイケル・パーマー詩集『The Counter-Sky/対抗する空』(二〇〇七年)および野村喜和夫詩集『(そしてパレード)/(And then parade)』があり、それらはすでに紹介している。
マイケル・パーマーはとてもよかった。今回はまた日本ではあまり知られていないビート世代の詩人フィリップ・ラマンティアのアンソロジーである。ラマンティアは一九二七年にサンフランシスコでシチリア系移民として生まれた。小学生の頃から詩にめざめ、一九四三年にシュルレアリスム絵画と出会って衝撃を受けた。以後アメリカにおいてシュルレアリスム運動を展開する夢を抱いてニューヨークでアンドレ・ブルトンらと実際に交流するなどしたそうだ。その後、西海岸に戻り神秘主義の研究や各地の放浪を経てジャズ・カルチャーに傾倒。一九五五年にはギンズバーグらとシックス・ギャラリーでの朗読会に参加。ビート詩人として認知された。
第一部初期詩篇、第二部五〇年代〜七〇年代、第三部統合期の八〇年代と三部構成で二十一篇が収められている。小生はフランスの詩人しか知らないが、ランボー風な味付けもなくはないにしても、プレヴェールやミショー、アルトーらとの共通点の方が強く感じられる。ロートレアモンも少々振りかけて。個人的にはとくに初期詩篇の映画的というかメタモルフォーゼを強く意識したような映像的な作品が好きだ。
シュルレアリスムは結局のところ自分自身の探求、意識の奥底を探る試みである。その意味でラマンティアがとめどなく繰り出してくる言葉の洪水には、それらがいかに卑猥で低俗であろうと形而上的神秘的麻薬的政治的であろうと、その底には清浄無垢な魂が流れている、そんな印象を受けた。その意味で本書の清潔な体裁はいかにもラマンティアの選集にふさわしい。

後書きより。訳者の山内氏とラマンティアの邂逅のくだり。
《本書の訳者がラマンティアの詩と出会ったのは、一九九〇年のことだった。その年の夏にバークレーに滞在していたわたしは、同地の古書店セレンディピティー・ブックスに入り浸っていた際に、偶然(というか、タイトルに惹かれるままに)『エロティック・ポエムズ』を手に取ったのである。ページを開くなりその世界にすっかり魅了されてしまったわたしは、以来現在に至るまで、ラマンティアの愚直にして熱烈なファンであり続けている。ちなみに二〇〇一年には幸運にも詩人本人に出会う機会まで得ることになったが、それについてはいずれまた稿を改めて書くことにさせていただこう。》
セレンディピティーでの不意の出会い。
店主ピーター・ハワードの死去とともに閉店したことも山内氏のメールとともに以前紹介している。
THE NEWYORK TIMES : March 21, 2005
Philip Lamantia, 77, Surrealist Poet, Is Dead
http://www.nytimes.com/2005/03/21/arts/21lamantia.html?_r=0
Philip LAMANTIA: Shaman of the Surreal
http://www.milkmag.org/LAMANTIA.html