
映画「ブレードランナー」(Blade Runner、リドリー・スコット、一九八二年)より。遺伝子技術者セバスチャンが住むアパートメント。自らが作ったさまざまな人型の生き物をはべらしている(ヴィクトリア朝時代の画家リチャード・ダッドを連想させるショットもあった)。二〇一九年という設定なのだが、書物らしいものが登場するのはこのシーンだけか? やっぱり本が積み重ねてあるというのが学者のイメージなのだろう。セバスチャンがレプリカント(人造人間)の開発者であるタイレル博士と遠隔チェスをやっている、これはなかなかナイスなアイデアだ。
全体的には安い感じで、メビウスやエンキ・ビラルの漫画にヒントを得たという昏い無国籍な世界観が、いまひとつ薄っぺらい。巧みに雨、煙、光でごまかしている。予算との葛藤があったらしいが、映画としては「メトロポリス」の効果にも似ているようで、ハリウッドとしては異数の作品になった。
今回見たのはスコット監督自身の手によるファイナルカット(二〇〇七年)。昔の映画ノートを取り出してみると一九八六年四月一四日にTBS「月曜ロードショー」で初めて見たようだ。《映像的には奇抜で楽しめるが、ストーリー展開における演出が舌足らずで不満 7点》と感想あり。10点満点の評価で7点は高い方だろう。同じ監督の「エイリアン」は8点になっている。ファイナルカットで判断する限りストーリーはかなり単純明快である。

「デンジャラス・デイズ/メイキング・オブ・ブレードランナー」(チャールズ・デ・ラウジリカ、二〇〇七年)より。向かって左がリドリー・スコット、右が原作者のフィリップ・K・ディック。試写(未完成フィルムの一部とのこと)にディックがやってきて「おれの頭の中をのぞいたのか」とびっくりしていたという。残念ながら公開に先立つ八二年三月二日にディックは急逝した。SFはほとんど読まないのだが、ディックだけは本映画の原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』とか『逆まわりの世界』『ユービック』など数篇読んだ記憶がある。まったく突拍子もないことを考える作家だと思う。